3.2.4 微動アレー観測によるS波速度構造の推定
3.2.4.1 観測の概要
微動アレー観測は平成14年5月13日〜17日および6月3日〜15日の2回に分けて行なわれた。観測の時間帯は昼間である。観測を行なった地点を図3.12に示す。使用機材は、地震計がJEP-6A3(感度:5 V/G(Gは重力加速度を表す)、(株)アカシ製)、収録器はDATAMARK
LS-8000WD(A/D変換:24 bit、白山工業(株)製)(工藤・他、1997)であり、これにローパスフィルターとアンプを組み合わせている。なお、各機材の時刻更正はGPSによって独立に行なっており、観測した成分は上下動のみである。
観測では7セットの観測機材を用いた。機材の配置は図3.13(a)に示すように円周上に均等な間隔で3点(正三角形の頂点)およびその中心点の4点を基本に、半径の異なる2つの円を組み合わせている。従来微動アレー観測を行なう際には2つのアレーの半径が2:1になるような正三角形を図3.13のように中心点を共有しながら互いに反対の向きで配置することが多い。しかし、本検討では2つの円のアレー半径は3:1になるように設定した。アレー半径を3:1にすることによって各アレーにおける観測記録から算出される位相速度が周波数領域で重複する部分を減らすことができ、少ない観測回数で広い周波数帯域の位相速度を推定することが可能となる。さらに図3.13(a)の場合、観測機材を配置する点はT字型をしているため市街地においては道路が直角に交わる交差点があれば観測が可能となる。そのため特に比較的小さなアレー半径での観測の場合、現場における測量作業の効率を向上させることができる。また、図3.13(b)の場合、観測機材の配置を同時に決めなければならない点は4点になるため、市街地における比較的大きなアレー半径での観測でもその観測位置を容易に決めることが可能である。さらに観測点間の距離は最大で7通りになるため、広い帯域において精度の高い解析が期待できるといった利点もある。本検討ではこれらの観測点配置を基本に市街地における道路の配置や交通量などを考慮して観測位置を決定した。各アレーの観測時間やアレー半径などの詳細を表3.1に示す。また、観測波形の一例としてA1MアレーおよびC1Sアレーで観測された微動の速度波形と加速度のパワースペクトルを図3.14に示す。
3.2.4.2 Rayleigh波の位相速度の検出
まず、解析の対象とする周波数帯域と観測で用いたローパスフィルターに応じてバンドパスフィルターを通して観測された微動記録(加速度)を積分し速度に変換する。そして、81.92秒間を解析区間の単位として60秒間ずらしながら波形を分割し、時間的、空間的に安定した区間(30〜50区間)に対して空間自己相関法(Aki、1957;岡田、1998など)を適用してRayleigh波の位相速度を求める。なおこの解析区間の単位は、解析に使用可能な区間の数や解析の対象とする周波数帯域によって40.96秒や163.84秒を用いる場合もある。図3.15にA1、B1、C1およびA3における各アレーから検出されたRayleigh波の位相速度を示す。A1、B1、C1では、複数のアレーから検出された位相速度のばらつきは比較的少ないが、A3についてはばらつきが大きい。これはA3の周辺の地形が急激な傾斜構造をしており、微動探査の前提条件である平行成層構造を仮定できない可能性があること、さらに天候不良により十分な観測時間が得られなかったことから、他の観測点に比べて位相速度の決定精度が低いことが原因だと考えられる。したがってA3については今後の解析から除外するものとする。なお、1つの周波数で複数のアレーから位相速度が検出されている場合は、位相速度を周波数ごとに平均して以降の解析に用いることとする。以上の結果、求められたRayleigh波の位相速度を図3.16に示す。求められた分散曲線は、多くの地点において位相速度600〜800 m/sec付近で停留することが特徴的であり、
= 700 m/sec程度の層が比較的厚く存在していることが予想される。
3.2.4.3 遺伝的アルゴリズムによるS波速度構造の推定
求められたRayleigh波の位相速度から遺伝的アルゴリズム(山中・石田、1995)を用いた逆解析によってS波速度構造の推定を行なった。ここではパラメーターを6
bitで離散化し、1世代当たりの個体数は40、世代数は1000世代とし、乱数の初期値を変えて5
回試行し、誤差の最も小さいものをその段階における解とした。なお、P波速度および密度はS波速度の従属パラメーターとして既往の研究(Ludwig
et al.、 1970)を参照して決定した。逆解析の手順は以下の通りである。
【手順】
- S波速度および層厚の両方をパラメーターとした。初期探索範囲は表3.2のように比較的広い範囲を与え、徐々に狭くしながら、解が安定するまで繰り返した。
- 推定された各地点のS波速度構造から同じ地層に分類されると思われる層ごとにその平均的な値を求め、各地層の代表的なS波速度を求めた。なお、
= 700 m/sec層以浅の構造については各地点で独立とした。この結果、各層のS波速度は浅部側から700
m/sec、1.2 km/sec、2.1 km/sec、地震基盤は3 km/secとなった。
- S波速度を各層の代表的な値(手順2)に固定し、層厚のみをパラメーターとして逆解析を行なった。この際、
= 700 m/sec層以浅のS波速度、層厚は手順1で推定された値をそのまま用い、 = 700 m/sec層以深の層厚の探索範囲は手順1と同じ(表3.2)とした。
以上の手順で求められたS波速度構造および観測された位相速度と理論分散曲線の比較を図3.17に示す。図中の○印は観測された位相速度であり、実線は手順3の結果求められたS波速度構造(最終モデル)とそれから算出された理論分散曲線である。また、破線は手順1の段階で得られたS波速度構造とそれに対応する理論分散曲線である。ほとんどの観測点において = 2.1 km/secの層までの構造が明らかになり、 B1、X1、X2では地震基盤の出現深度を同定することも可能であった。また、多くの観測点では手順2で設定したS波速度を用いて観測された位相速度を満足する地下構造を推定することが可能であったが、B3とX2では手順2で設定したS波速度を修正する必要があった。この原因としては、B3については谷地形の底でアレーを展開したことによる観測誤差の増大や、断層の東側に存在する唯一の観測点であるために西側の観測点と比べて堆積環境が異なり、本来は西側の観測点と同じS波速度を与えるべきではないなどが考えられる。一方X2の場合は、基盤付近の深い構造は一般に広域でもそれほど大きな変化がないと考えられるため、基盤以深のS波速度は平野中心部と共通にすることが可能であるが、比較的浅い堆積層は平野北側の山地から続く堆積物の影響を受けているため、その堆積環境は平野中心部のそれとは必ずしも一致しない可能性が考えられる。以上より、B3のS波速度構造およびX2の堆積層部分のS波速度構造は他の観測点と同様に扱うべきではないと判断し、これ以降の解析から除外する。
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