6.3 「詳細法」(ハイブリッド合成法)による強震動予測結果

 詳細法(ハイブリッド合成法)の計算手順を以下に記す。

 6.3.1 計算手順

手順[1]:深部地盤上面における波形計算
 深部地盤上面における波形をハイブリッド合成法により求める。ハイブリッド合成法は、長周期成分を理論的方法(Aoi and Fujiwara (1999)による不等間隔格子有限差分法)、短周期成分を統計的グリーン関数法(壇ほか(2000))によりそれぞれ計算し、合成する方法である。
手順[2]:工学的基盤における波形計算
 深部地盤の上面のS波速度( )は750m/sから3460m/sまで変化する。本検討では、 =750m/sに至る層の上面を工学的基盤と定義した。したがって、工学的基盤での波形といえば、 =450m/s層のあるところでは =750m/s層上面の波形を指し、 =750m/s層の無いところでも薄く =750m/sが上部に存在すると仮定した。
手順[3]:地表における最大速度の計算
 工学的基盤から地表までの最大速度増幅率を算定し、これを詳細法による工学的基盤での最大速度に乗じて地表における最大速度を求める。工学的基盤から地表までの最大速度増幅率は、3章地下構造モデルの設定で作成された地盤モデルと簡便法における標準地盤(S波速度400m/s相当)から地表までの増幅度に、工学的基盤 ( =750m/s)から簡便法基準地盤 ( =400m/s)までの増幅度の補正係数を乗じて求める。増幅度の補正係数は、松岡・翠川 (1994)による表層地盤の速度増幅度算定式(6-1)式にそれぞれのS波速度を代入して算定された速度増幅度の比とする。すなわち補正係数は
(工学的基盤のS波速度/400)0.66
で算定される。本検討では =750m/sから =400m/sまでの増幅倍率(6-1)式より1.51倍と計算している。
(6-1)
ここで、
:地下30mから地表までの速度増幅度
:地下30mから地表までの平均S波速度(m/s)
手順[4]:地表における計測震度
 計算された地表最大速度より、次の(6-2)式に示す翠川ほか (1999)による最大速度と計測震度の経験的関係式を用いて、計測震度相当値を算定した。
(6-2)
:計測震度
:地表最大速度(cm/s)
 なお、翠川ほか (1999)では の式と の2つの式が提示されているが、 の式は低震度データが強く反映され高震度データがあまり反映されない怖れがあり、かつ計測震度と旧気象庁震度との関係のばらつきも高震度になるほど小さくなる傾向があるため、比較的震度の大きな地域での地震動をより精度良く評価することが重要と考え、 の式を選定した。

 6.3.2 詳細法における強震動予測結果

 設定した震源断層モデルと地下構造モデルに基づき、評価範囲について、約1 のメッシュで強震動予測を行った。図6.44 左に、高山断層帯の地震を想定した場合の地表における震度分布図を示す。CASE1、および CASE3 では、断層帯中央部に設置したアスペリティの周辺地域において震度6強以上(赤色)が予測された。これは、同地域が破壊進行方向に位置することによるディレクティビティ効果と、同地域の「深い地盤構造」による増幅効果が主たる要因であると考えられる。一方、CASE2 では、破壊開始点周辺のごく一部の地域で震度6強以上と予測されたが、CASE1、CASE3と同様にディレクティビティ効果が強く現れると予想される断層帯北東部周辺の地域では、地震基盤が比較的浅く、「深い地盤構造」による増幅が小さいため、最大で震度6弱(橙色)と予測された。震源断層に近い高山市では、CASE1、CASE2では、震度5強(黄色)から震度6弱、またCASE3では、南部のごく一部の地域で震度6強以上と予測された。図6.44 右に、国府断層帯、および猪之鼻断層帯の地震を想定した場合の地表における震度分布図を示す。これらの断層帯周辺地域では、震源断層の規模が高山断層帯に比べて小さいこと等から、震度6強以上となる範囲はごく限られており、断層帯近傍で概ね震度6弱と予測された。
 「詳細法」の評価範囲の全地点について、有限差分法と統計的グリーン関数法による計算結果をそれぞれにマッチングフィルターを施した後に合成することによって(ハイブリッド合成法)、「詳細法工学的基盤」上の時刻歴波形が計算される。図6.30図6.34 および図6.35図6.39 には、高山市役所(岐阜県)・白川村役場(岐阜県)・上宝村役場(岐阜県)・郡上市役所(岐阜県)・下呂市役所(岐阜県)・安曇村役場(長野県)のそれぞれに最も近い6評価地点について、ハイブリッド合成法によって計算された波形、および減衰定数5%の擬似速度応答スペクトルを示している。
 高山断層帯の破壊開始点が異なるCASE1とCASE2で比較すると、破壊進行方向との位置関係が両ケースで逆転する下呂市役所・郡上市役所、あるいは上宝村役場・安曇村役場(のそれぞれに最も近い評価地点、以下同様)においては、破壊進行方向と同方向に位置する場合の方が、ディレクティビティ効果により、最大値が大きくなっている。一方、震源断層近傍の高山市役所、および震源断層から離れた白川村役場では、ケース間の違いは小さい。CASE3では、高山市役所において、ディレクティビティ効果が顕著に現れたため、3つのケースの中で最も大きい最大速度が予測された。
 国府断層帯、猪之鼻断層帯については、高山断層帯に比べて震源断層の長さが短いため、ほとんどの評価地点で継続時間が高山断層帯に比べると短くなっている。また、破壊進行方向とほぼ同方向に位置する、国府断層帯における上宝村役場、猪之鼻断層帯における安曇村役場・郡上市役所では、特徴的なパルス波形が見られる。安曇村役場においては、同地点周辺の地震基盤が深く、堆積層が比較的厚いことから、やや長周期の揺れが長時間継続している様子が全てのケースで見られる。
 スペクトル形状で比較すると、概ね周期0.3〜0.7秒程度の成分の振幅が大きい。高山断層帯の結果を見ると、例えば、ケース1における郡上市役所や、ケース2,3における上宝村役場等、ディレクティビティ効果の影響が大きく現れる場合には、他の場合に比べて、スペクトルの振幅が全体的に大きくなっている。また、特徴的なパルス波形が見られた、国府断層帯における上宝村役場、猪之鼻断層帯における安曇村役場、郡上市役所では、0.3〜0.7秒程度の成分の振幅に加えて、1秒以上の成分の振幅も大きい。
 なお、統計的グリーン関数法では、P波は考慮されていない。したがって、ハイブリッド合成後の波形のS波到達時間よりも前(P波初動付近)は、有限差分法のみにより計算されており、接続周期に相当する周期1秒以上の長周期成分しか有していない。
 次に、各ケースの「詳細法工学的基盤」上での最大速度の分布を比較する(図6.42 参照)。地震動の最大速度は、「詳細法工学的基盤」上で求められた2成分の時刻歴波形のベクトル合成を行い、その最大値として求めている。高山断層帯では、震源断層中央部に配置したアスペリティ近傍の地域で地震動が大きく、CASE1、CASE3では100〜120 cm/s程度と予測された。これは、同地域が破壊進行方向に位置することによるディレクティビティ効果と、同地域の「深い地盤構造」による増幅効果(図6.41 参照)が主たる要因であると考えられる。一方、国府断層帯、猪之鼻断層帯では、アスペリティ近傍で70〜90 cm/s程度と予測された。
 図6.42 で示した各ケースの「詳細法工学的基盤」上での最大速度に、「浅い地盤構造」による増幅率を乗じて、地表における最大速度を求めた結果を図6.43 に示した。また、これらの最大速度より換算して求めた地表の震度分布を図6.44 に示した。図6.44 は、設定した全ての地震を想定した場合の地表における震度分布図である。高山断層帯のCASE1、およびCASE3では、上述したディレクティビティ効果と「深い地盤構造」による増幅効果により、震源断層中央部に設置したアスペリティの周辺地域において震度6強以上と予測された。一方、ケース2では、破壊開始点周辺のごく一部の地域で震度6強以上と予測されたが、ケース1やケース3と同様にディレクティビティ効果が現れると考えられる断層帯北東部の地域では、地震基盤が比較的浅く、「深い地盤構造」による増幅が小さいため、最大で震度6弱と予測された。震源断層に近い高山市では、ケース1、ケース2では、震度5強から震度6弱、また、ケース3では、南部のごく一部の地域で震度6強以上と予測された。
 国府断層帯、および猪之鼻断層帯の地震を想定した場合の地表における震度分布図である。これらの断層帯周辺地域では、震源断層の規模が高山断層帯に比べて小さいこと等から、震度6強以上となる範囲はごく限られており、震源断層近傍で概ね震度6弱と予測された。
 なお、地表の最大速度から計測震度への換算は、経験的な方法((6-2)式)を用いている。この基となる統計データには計測震度6.0を越えるものは少ないため、計測震度 6.0 を越えるものの換算については精度が十分でないと考えられる。また、ひずみレベルが大きい場合の「浅い地盤構造」における非線形挙動の影響については評価されていないという問題もある。これに加え、強震動予測結果のばらつきの問題なども考慮に入れると、震度6強と震度7の境界を十分な精度で求められていないと判断される。したがって、本報告では最終的に計測震度 6.0 以上と評価されたところはすべて「震度6強以上」とし、震度7となる可能性もあることを示した。

 6.3.3 「詳細法」による強震動予測結果と距離減衰式との比較による検証

 設定した震源断層(図6.29)と地下構造の評価結果に基づき、評価範囲について約1kmサイズのメッシュで強震動予測を行った。
 強震動予測結果の検証として、震源断層からの最短距離と予測結果の関係を既存の距離減衰式(司・翠川, 1999)と比べた(図6.2728)。全体的に予測結果は距離減衰式と良い対応を示している。
 なお、計算手法の検証としては、ここで用いた手法と同様の手法により兵庫県南部地震の強震動評価(地震予知総合研究振興会,1999)および鳥取県西部地震の強震動評価(地震調査委員会,2002c)を行っており、それぞれの評価結果が震度分布や観測記録を説明できることを確認している。

 この比較によるとアスペリティの近傍および断層に直交する方向にある計算地点において、「詳細法」の予測結果が「簡便法」より大きい値を示すことが分かる。これより、震源断層からの距離が同じであっても、アスペリティに近いところにおいては地震動が大きくなること、および「簡便法」では反映されていないディレクティビティ効果が「詳細法」では反映できていることが確認できる。

その他、掲載図面一覧を下記に示す。

図6.14
 破壊形式(破壊速度)を変化させたときのハイブリッド合成結果の比較(詳細法工学的基盤( =750m/s)上:高山断層帯CASE1)
図6.15
 破壊形式(破壊速度)を変化させたときのハイブリッド合成結果の比較(地表:高山断層帯CASE1:松岡・翠川 (1994)
図6.16
 破壊形式(破壊速度)を変化させたときのハイブリッド合成結果の比較(地表:高山断層帯CASE1:藤本・翠川 (2003)
図6.17
 計算結果の最大速度値を示す波形地点の速度波形の比較(高山断層帯CASE1)
図6.18
 高山断層帯CASE2の詳細法工学的基盤 ( =750m/s) の最大速度値と松岡・翠川 (1994) および藤本・翠川 (2003) の増幅率による地表の結果
図6.19
 破壊形式(破壊速度)を変化させたときのハイブリッド合成結果の比較(詳細法工学的基盤( =750m/s)上:高山断層帯CASE3)
図6.20
 破壊形式(破壊速度)を変化させたときのハイブリッド合成結果の比較(地表:高山断層帯CASE3:松岡・翠川 (1994)
図6.21
 破壊形式(破壊速度)を変化させたときのハイブリッド合成結果の比較(地表:高山断層帯CASE3:藤本・翠川 (2003)
図6.22
 計算結果の最大速度値を示す波形地点の速度波形の比較(高山断層帯CASE3)
図6.23
 国府断層帯の詳細法工学的基盤 ( =750m/s) の最大速度値と松岡・翠川 (1994) および藤本・翠川 (2003) の増幅率による地表の結果
図6.24
 猪之鼻断層帯の詳細法工学的基盤 ( =750m/s) の最大速度値と松岡・翠川 (1994) および藤本・翠川 (2003) の増幅率による地表の結果
図6.25
 計算結果の最大速度値を示す波形地点のフーリエスペクトルの比較(高山断層帯CASE1〜CASE3)
図6.26
 計算結果の最大速度値を示す波形地点のフーリエスペクトルの比較(高山断層帯CASE1’〜CASE3’)
図6.27
 詳細法工学的基盤における最大速度値を =600m/s相当に換算補正した値と司・翠川 (1999) の距離減衰式との比較(高山CASE1〜CASE2’)
図6.28
 詳細法工学的基盤における最大速度値を =600m/s相当に換算補正した値と司・翠川 (1999) の距離減衰式との比較(高山CASE3〜猪之鼻断層帯)
図6.29
 設定断層モデル
図6.30
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における計算波形例 国府断層帯
図6.31
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における計算波形例 高山断層帯(CASE1)
図6.32
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における計算波形例 高山断層帯(CASE2)
図6.33
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における計算波形例 高山断層帯(CASE3)
図6.34
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における計算波形例 猪之鼻断層帯
図6.35
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における地震動の減衰常数5%の疑似速度応答スペクトル [国府断層帯]
図6.36
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における地震動の減衰常数5%の疑似速度応答スペクトル [高山断層帯CASE1]
図6.37
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における地震動の減衰常数5%の疑似速度応答スペクトル [高山断層帯CASE2]
図6.38
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における地震動の減衰常数5%の疑似速度応答スペクトル [高山断層帯CASE3]
図6.39
 詳細法工学的基盤 ( =750m/s) における地震動の減衰常数5%の疑似速度応答スペクトル [猪之鼻断層帯]
図6.40
 工学的基盤 ( =400m/s) から地表までの最大速度の増幅率(浅い地盤構造)(上:松岡・翠川 (1994) による地盤増幅率、下:藤本・翠川(2003) による地盤増幅率
図6.41
 詳細法計算に使用した地震基盤から工学的基盤までの深度分布
図6.42
 詳細法による詳細法工学的基盤 ( =750m/s) の最大速度分布(接続周波数1Hz)
図6.43
 詳細法による地表の最大速度分布(接続周波数1Hz)[地盤増幅率 藤本・翠川 (2003)]
図6.44
 詳細法による地表の震度分布(接続周波数1Hz)[地盤増幅率 藤本・翠川 (2003)]
図6.45
 詳細法工学的基盤における最大速度値を =600m/s相当に換算補正した値と司・翠川 (1999)の距離減衰式との比較(平面図)
図6.46
 高山断層帯CASE2におけるEW方向断面の有限差分法結果(1Hz−LOWPASS)
図6.47
 高山断層帯CASE2におけるNS方向断面の有限差分法結果(1Hz−LOWPASS)

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