5.2.3 確率論的地震ハザード評価とシナリオ型地震動評価の融合

 上記5.2.1で述べたように、確率論的地震ハザード評価とシナリオ型地震動評価の手法は、それぞれの特徴を踏まえて、目的に応じて使い分けられている。一方、地震動評価に対するニーズは多様化・高度化する方向にあり、各評価手法を「典型的な手順」にのっとって適用するだけでは、ニーズを十分に満たせない場合もある。これまで、両評価手法の対立構造が強調されるきらいがあったが、「確率論的地震ハザード評価とシナリオ型地震動評価の融合」という技術的課題に取り組むことによって、「使用データ」「評価手法」および「評価結果」の共有化あるいは相互乗り入れを推進し、それぞれの弱点を克服できるよう努力することが必要である。
 なお「融合」という用語は、現在は、i)確率論的想定地震の概念を用いて二種類の地図の位置付けを解説すること、ii)シナリオ型地震動評価で用いられている詳細な地震動予測法を確率論的地震動予測地図に取込むこと、の2つの意味で用いられているが4)、以下ではより組織的・体系的に両手法を活用していくことをイメージしている。

 両評価手法の融合を目指す過程で考慮すべき事項は、以下の6(3×2)項目に集約されると考えられる。

  1. シナリオ型地震動評価における確率論的要素の導入
  2. シナリオ型地震動評価における評価結果の総合化・統合化
  3. シナリオ型地震動評価による確率論的地震ハザード評価の補完
  4. 確率論的地震ハザード評価における決定論的要素の導入
  5. 確率論的地震ハザード評価における評価結果の再分解
  6. 確率論的地震ハザード評価によるシナリオ型地震動評価の補完

 これら「確率論的地震ハザード評価とシナリオ型地震動評価の融合」に関する具体的な方向性について、以下では、それぞれの評価手法の立場から説明する。なお図5.2.3は、地震動予測地図へのニーズの多様化と関連付けて、両評価手法の融合について説明したものであり、図5.2.4は、「使用データレベル」「評価手法レベル」および「評価結果レベル」の3層からなる階層構造上に、項目を整理したものである。

 まずシナリオ型地震動評価の立場からみた方向性は、以下の通りである。

(S-1) シナリオ地震の選定方法の検証と発生確率評価の必要性【主として(a)に関連】

 無数の候補のなかから一つまたは複数のシナリオ地震を選定することは、地震発生の可能性を「ゼロ/イチ」で評価して取捨選択することに相当するため、その選定基準および選定結果の妥当性を十分に検証しておく必要がある。想定外の地震(震源を予め特定できるもの・特定しにくいものを含めて)の影響を考慮できないため、場合によっては、最低限の地震動強度を想定外力として担保するための工夫が別途必要となる。後に示すように、確率論的地震ハザードマップの利用は有力な手段である。地震リスクマネジメントのためには地震発生確率の情報が不可欠であるし、地震防災の実務サイドからの要請として、シナリオ地震に発生確率を付与することが求められる場面も多い。
 なお、発生確率が付与された場合には、シナリオ型評価においても「シナリオを採択するための確率の閾値をいくつにするか」という問題や、「低い確率が安心情報と受け取られかねない」という問題など、確率論的な評価で現在広く議論されている課題が同じように付随してくることに注意が必要である。

(S-2) シナリオ地震のパラメータ設定法の検証【主として(a)に関連】例えば5)9)

 シナリオ型地震動評価においては、詳細なデータに基づいて細部の条件を設定し、高度な地震動予測手法を適用することによって、高い精度で物理現象を記述することが可能である。一方、地震動の将来予測という面では、厳密に規定された条件下での確定的評価とは異なり、未知要因や偶発的要因に何らかの方法で対処しなければならない。アスペリティの配置パターンや断層破壊開始点の設定などに起因する不確定性は、確率分布として扱えないためにロジックツリーなどの活用が考えられる。最終的には種々の条件を変化させたパラメータスタディの結果を確率統計的に処理することによって、地震動強さの幅を表現することができる。

(S-3) 複数の評価結果の総合化・統合化の必要性【(a)(b)に関連】例えば9)

 上記(S-1)(S-2)によって、複数のシナリオ地震により得られた評価結果、あるいは複数の条件でのパラメータ設定により得られた評価結果は、それぞれ個別に利用可能であるが、複数の地震動予測の評価結果をマップ1枚で表現するなど、何らかの集約が求められる場合もある。各地点において複数ケースの最大値を選択したマップを作成する方法はその一つであり、これは、シミュレーションにより推定された実現値を順序統計量として扱うことに相当する。確率統計的方法による総合化・統合化は、シナリオ型地震動評価の大きな課題である。

(S-4) シナリオ型地震動予測地図による地震ハザードマップの補完【(c)に関連】

 地震動は、深部基盤構造や表層地盤の非線形増幅の影響で、非常に強い局所性を示す場合がある。兵庫県南部地震の際のいわゆる「震災の帯」はその典型例といえる。詳細法によりシナリオ地震動評価を行うことの利点の一つは、こうした局所性を物理現象として再現可能なところにある。一方、確率論的地震ハザード評価では、距離減衰式に不確定性を付与したうえで、確率レベルによって評価結果をパラメトリックに解釈するという扱いをしているため、局所的な地震動特性をマップ表現することができない。従って、地震ハザードマップの公表の際に、代表的なシナリオ型地震動予測地図を添付資料とするなど、補完的な利用形態を検討する必要があると考えられる。

 次に、確率論的地震ハザード評価の立場からみた方向性は、以下の通りである。

(P-1) 強震動予測手法などの決定論的手法の導入【(d)に関連】例えば10)

 震源を予め特定しにくい地震については、「ポアソン型地震発生モデル・b値モデル・距離減衰式」の組み合わせによるハザード評価が一般的である。しかし調査研究が進んで対象が明確な震源を特定できる地震に関しては、「非ポアソン型地震発生モデル・固有規模・固有距離」の組み合わせで、一部に決定論的手法を導入し、高精度な強震動予測および地盤増幅特性の評価結果を適用できる。3章で触れたように、震源を特定できる地震に対して、シナリオ型地震動評価として用いられている詳細な地震動予測法を確率論的地震ハザード評価に組み込もうとする試みも一部始められている。これにより、距離減衰式や簡便な地盤増幅度を用いた評価よりも、不確定性が低減されることが期待できる。

(P-2) 確率論的地震ハザード評価の再分解の方向性【(e)に関連】例えば11)15)

 確率論的地震ハザード評価の手法は、種々の不確定要因を組織的に定量評価することが特徴であり、評価結果は考慮した地震の影響を統合化したものである。この特徴が逆に、結果の解釈を困難にしたり信頼性を低下させたりする原因ともなっており、「背景にある地震像が見えない」とか「低頻度地震の長期確率評価には統計的意味が希薄」といった批判的見方もある。このため、統合化されたハザード評価結果を再分解した結果(ないしは評価過程における中間的結果)を示すことによって、解釈を容易にする試みがなされている。震源タイプ別(海溝型地震、内陸活断層、震源を予め特定しくにい地震)あるいは震源別に分解した確率論的地震ハザードマップや貢献度マップなどは、その例である。

(P-3) 地震ハザードマップによるシナリオ型地震動予測地図の補完【(f)に関連】

 シナリオ型地震動予測地図において、考慮されるイベントには限界がある。特に、中部日本や近畿地方のような活断層密集地域では、シナリオ地震の選定過程で多くのハザード源が除外されてしまうのが実状である。全国的に見ても、近年、鳥取県西部地震、宮城県沖(三陸南)の地震、宮城県北部地震など、震源が予め特定しにくい地震が幾度も発生している。性能設計や地震リスクマネジメントを背景として地震防災対策を推進する潮流の中では、実際に生起した地震動強さの事後評価が求められる場面が増えると考えられる。5.2.2でも述べたが、この点で、シナリオに選定されない地震の影響を考慮できることは、確率論的地震ハザード評価の大きな利点である。例えば、シナリオ型地震動予測地図の公表の際に、地震ハザードマップを添付資料とするなど、実効性のある活用形態を検討する事が必要である。

(P-4) 確率論的想定地震の同定【(f)に関連】例えば14)

 地震ハザード解析の手法を応用して、震源を予め特定しにくい地震の地震域において期待される平均的な地震像を、「確率論的想定地震」として同定する方法が開発されている。前項(P-3)と関連して、シナリオ地震の設定方法に関して重要な示唆を与えるものである。

 なお、確率論的地震ハザード評価に用いられるパラメータの中には、その評価値が幅を持って与えられることがある。活断層の長期的な地震発生確率はその代表例である。また、距離減衰式などのモデル選択や、地震動強さの上限設定の有無など、評価の過程で下される専門的判断に関連して、意見を合理的に集約する必要性が生じることもある。確率論的地震ハザード評価においては、ロジックツリーを用いてこうした不確定性を処理すると、ロジックツリーの分岐パターンに相当する数のハザード曲線が得られるが、その後処理には確率統計的方法がとられ、地震ハザード評価の幅がフラクタイル値で表現される(図5.2.3最右欄)例えば16) 17)

 以上、「確率論的地震ハザード評価とシナリオ型地震動評価の融合」に関する具体的な方向性に関して説明した。両者は一体化するべき性質のものではなく、図5.2.3や図5.2.4に示したように、共有化や相互乗り入れを通じてお互いの弱点を補完するとともに、地震ハザードに関する多面的理解を深め、地震動予測地図の総合評価、統合化、あるいはマップ選択のための基礎資料となるべきものである。
 こうした技術課題については、実務および調査研究の両面において従来から認識されていたものの、これまでは個々の事情や目的に応じて個別に処理されていたといえる5)17)。上記のような方向性を踏まえた調査研究として、岐阜県を対象としたケーススタディを行い、種々のハザードマップの作成を試みた例も見られる18)20)。しかし体系化を目指すには議論はまだ十分とはいえず、ここに示した基本的概念を具体化したシステムを構築し、実践を重ねる必要がある。5.3節では、その方向性を明確に打ち出したシステム構想について述べる。


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