4.7.2 リスクファイナンスへの適用

 リスクマネジメントにおけるリスクの処理方策としてはリスクコントロールとリスクファイナンスに大別される。構造物などのハード面での地震リスクマネジメントとしては、耐震補強等によるリスクコントロール(リスク軽減)が基本であることは論を待たないが、その一方で地震災害は低頻度であるがゆえにファイナンスの面からのリスクマネジメントも一つの有力な方策である。

 リスクファイナンスの代表格は保険である。ただし、地震は低頻度巨大災害であるため大数の法則にのりにくく、保険商品として馴染みにくい性格を有する。わが国の地震保険は制度上、住宅を対象としたもの(家計地震保険)と事務所や工場などを対象としたものに分けられる(共済は除く)。後者の企業向けの地震保険は、日本の保険会社は従来非常に厳しい引受規制を行ってきたが、損害保険の自由化に伴って激しい競争が繰り広げられる趨勢にある9)。しかしながら、上述した地震災害の特徴に加えて、巨大リスクに対する保険市場の引受能力に限りがあることが制約となっている。
 一方、家計地震保険は1966年に制定された「地震保険に関する法律」の下で、政府が再保険を受ける形で運用されている制度である10)。地震保険への加入は火災保険とセットであり、保険金額も火災保険の保険金額の30〜50%の範囲内で設定するよう定められている。2001年10月の改定により、建築年割引と耐震等級割引制度が導入されている。ちなみに、全国の世帯加入率は兵庫県南部地震前は10%前後であったのに対して、平成15年末では17%程度となっている11)
 現行の家計地震保険の地域別の保険料は、都道府県単位で4つに区分されている10)。地震保険料率の算定は確率論的地震ハザード評価や地震リスク評価と密接に関わっているが、地域ごとの世帯数や家屋の耐震性にも強く影響されるため、料率の地域分布は確率論的地震ハザードマップと単純に整合するものではないことに注意が必要である。現在の家計地震保険の料率は過去約500年間に発生した約400の地震の再来を前提とした場合の支払い保険金の推定値に基づいて算出されている10)。なお、地震調査研究推進本部の地震動予測地図の動きを受けて、家計地震保険の料率算定にその成果を反映させていく動きも出はじめている12)

 この10年、巨大災害の頻発に伴う伝統的保険市場の引受能力の縮小と金融技術の発達があいまって、金融市場へリスクを移転する手段が台頭してきている。こうした手段はリスクの証券化、保険デリバティブ、あるいはより広い概念で代替的リスク移転(ART:Alternative Risk Transfer)などと呼ばれている9) 13) 14)。保険市場より規模が大きな金融市場へリスクが移転できれば、安定的なコストでリスクヘッジが可能となり、保険会社の引受能力の拡大につながることが期待できる。ちなみに、自然災害および天候リスクを対象とした災害リスク証券の2001年現在の発行残高は総額で25億ドルを上回る水準となっている9)
 日本の地震を対象とした地震債券(カタストロフィボンド、Cat Bondなどと呼ばれる)も1997年に東京海上火災が発行して以降、元受保険会社あるいは再保険会社がいくつか手がけている。また、2003年にはJA共済連が地震と台風を組み合わせた証券により約550億円の再保険カバーを確保している15)。また、こうした手段を事業会社が活用した事例としては1999年に発行されたオリエンタルランドの地震債券が著名である。施設自体の被害に加えて、営業中断や需要低下に伴う営業損失もカバーし得る点で従来の保険商品にはない利点を有している。この地震債券はディズニーランドの所在地である舞浜を中心とする半径10km、50km、75kmの円とリング内で地震が発生した場合に、マグニチュードの大きさに応じた割合で元本の減額あるいは社債購入が行われる14)。トリガーとしては気象庁マグニチュードが用いられており、地震債券の商品設計では上記の各領域におけるマグニチュード別の地震発生確率の評価がベースとなっている。


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