地震損傷度評価手法の検討
1.目的
地震や地震動に関する知見はこの数十年間に大きく進歩し、また、近年の構造物強度評価に関する技術の発展も著しいと思います。このような状況で、地震動記録や震災被害のデータとこれらの知見や技術を適切に組み合わせることにより、地震被害予測手法を高度化することは重要なことです。地震動評価については、「地震予測地図作成手法の研究」及び「強震動・震災被害予測システムの開発」等が対応しているため、本プロジェクトでは、地震動が与えられた際の構造物被害を推定する手法の開発を行っています。
地震動の大きさと構造物の損傷の発生確率に関する検討は、原子力発電所の耐震安全性を対象とした地震PSA手法の中で過去20年間ほど実施されています。そこでは構造信頼性理論に基づき、損傷発生確率を、地震損傷に対し作用力が許容を上回る確率として評価し、地震動と損傷確率の関係を地震損傷度曲線として表現してきました。
地震被害推定に用いられている地震動の大きさと建物被害率の関係は、構造形式や設計年度、階数などで分類された建物群を対象とするものであり、信頼性理論の立場からは集合的な地震損傷度曲線と見ることができます。このような観点に立つことにより、解析的手法と統計的手法を統合して、構造物被害をより合理的に推定する方法の開発が可能です。
本プロジェクトでは、地震動予測地図及び震災被害予測システムに用いる地震損傷率曲線について、信頼性解析技術の最新の知見に基づき、地震被害データを最大限に利用して評価する手法を開発することが目的です。対象建物は、震災規模を表現するための木造住宅群や商業建物群など集合的に分類されるものと、震災時にその機能性が要求される消防署や避難所などの個別建物とします。評価手法の開発にあたり、建物の損傷度評価に関わる不確定要因を抽出整理し、地震被害データから得られる建物群の地震損傷率曲線と解析的検討から得られる地震損傷度曲線の関係を比較検討し、両者の関係に基づき信頼性の高い地震損傷率曲線を提案します。
2.昨年度(平成13年度)の研究成果
昨年度は、地震被害推定に利用する建物被害推定法の開発に関する基本的事項を抽出整理し、それに基づいて開発の方向とその範囲を規定し、評価の実施計画を明確に定めることを目的としました。地震損傷度評価の検討では地震被害関数を対象としますが、地震動も含めて不確定な推定結果の利用という観点に基づき、建物の地震被害推定手法について以下の調査、検討を行いました。
- 1) 確率論的地震損傷度解析手法に関する調査
- 2) 地震被害想定および推定手法に関する調査
- 3) 代表的な地震被害データベースの収集
- 4) 建物群の分類に関する検討
- 5) 地震動強さの指標に関する検討
- 6) 解析的手法における不確定要因の分類
- 7) 地震被害データを用いた不確定性評価
- ・大井昌弘、野畑有秀、水谷守、藤原広行(2002):強震記録から見た地震動強さの指標間の関係、第11回日本地震工学シンポジウム論文集,121
- ・大井昌弘、水谷守、諏訪仁、野畑有秀、山田守、藤原広行(2002):低層戸建の地震被害率特性の検討(その1)、日本建築学会大会学術講演梗概集,B2,pp.33-34
- ・諏訪仁、大井昌弘、水谷守、野畑有秀、山田守、藤原広行(2002):低層戸建の地震被害率特性の検討(その2)、日本建築学会大会学術講演梗概集,B2,pp.35-36
- 参考文献
- 防災科学技術研究所研究資料 第237号
「構造物の地震損害度評価の検討」
3.本年度(平成14年度)の研究計画
本年度の検討は建物群に対する地震損傷度曲線の第一次評価を目的としますが、その数値的精度よりは不確定性要因とその作用を明確に表現することに重点をおきます。合理的な構成を持つ評価手法を作成することにより、改良すべき項目の発見や、その検討結果の反映が可能となるよう努めます。
- 1) 建物群の定義
- 地震被害推定において利用すべき建物分類を明確に定義するため、地震被害データの検討を深め、また、異なる定義による建物群の耐震特性や被害分類に関する相対的な関係について検討します。
2) 建物群に対する地震損傷度曲線(SFC)評価手法の開発
- 上記で定義される建物群を対象に,関係する不確定性要因とその作用を明確に表現できる形で地震損傷度曲線評価式を構成します。また、各不確定要因のモデルとその作用の評価法について基本的な検討検討を行い、以下3)、4)の検討結果を踏まえて、第一次評価手法としてまとめます。ここでは、解析的手法と地震被害データによる統計的手法の関係についても検討を行います。
3) 数値シミュレーションによる個別建物のSFC評価
- 建物群を代表する構造物の数値解析モデルを作成し、分類された各種の不確定要因の作用をモンテカルロ法により評価します。不確定要因のモデル化については、現状で得られている一般的な知見に基づくものとします。数値解析モデルは基本的に木造建物を対象とし、非線形応答性状を再現するものとします。
4) 地震被害データを用いたSFC評価
- 地震被害データを用いて、対象となる建物群に関するSFCを統計的に評価します。この結果を上記の数値解析結果と比較して、その差異の原因について検討を行い、SFC評価手法に反映させます。
5) 建物群の地震損傷度曲線の第一次評価
- 作成されるSFCの評価手法に従い、建物群(主に木造)に対する地震損傷度曲線を評価して第一次評価結果とします。
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