糸魚川・静岡構造線周辺地域の深部地盤構造モデル
図1に深部地盤構造モデルを作成する周辺域の地質図を示す。図中に黒枠で示されている範囲が、深部地盤構造モデルを作成する範囲である。なお、この図1は「20万分の1地質図幅集(画像)(産業技術総合研究所 地質調査総合センター)」に収録されている6枚の地質図をつなぎ合わせたものであるため、各図における地質の凡例(色使い)は異なっている。
深部地盤構造モデルの作成手法は、既往資料を収集し検討した結果、図2に示す手順で行なうこととした。この図2に示す深部地盤構造モデル作成のフローは、不足している地震探査データやボーリングデータを補うために重力データを有効活用する、という考えに基づいて作成したものである。
以下に、この図2に示したフローに沿って実際の作業項目ごとに説明を行なう。
A. 既往資料の収集
収集した既往資料リストは章末の参考資料に示すが、地震探査結果(Ikami et
al.(1986),酒井他(1993),山田ほか(1976),など)を中心に、ボーリング資料(KiK-net,K-NET、など)、地質図、重力データなどである。
図3には、深部地盤構造モデル作成範囲(図中の黒枠)を含む範囲のブーゲー異常分布図を示す。これは、「日本重力CD-ROM(産業技術総合研究所 地質調査総合センター)」に収録されている1km間隔のグリッドデータ(仮定密度2.67g/cm3)を用いて作成したものである。なお、この図における座標系は、北緯36度、東経136度を座標原点とする多円錐図法により投影したものである。用いている楕円体はベッセル楕円体である。
B. 残差重力分布の抽出
図3に示したブーゲー異常分布を元データに、フィルター処理を施し残差重力成分の抽出を行なった。図4に抽出した残差重力分布図を示す。
残差重力成分は、元データのブーゲー異常分布から長波長成分(プレートなど、対象とする深度よりも深い構造の影響を反映した波長の非常に長い成分)、およびノイズ成分(地表付近の不均質な構造や、測定誤差・各種補正誤差などに起因する波長の非常に短い成分)を除去した重力成分であり、主に地震基盤付近から上位の地盤構造に対応した重力成分であると考えられる。
フィルター処理を施すに際してはフィルター特性の検討が必要であるが、二次元フーリエ解析(cos-cos展開)の手法に基づき、フーリエスペクトル分析を行ない、検討を行った。最終的には、地震基盤と考えることのできる地質的な基盤岩が分布している地域で、残差重力値が同じ値となるようなフィルター特性(今回の結果では、カット・オフ波長約130kmのローカットフィルター)を採用した。実際に、図4に示した残差重力分布図において高重力域(暖色系の部分)となっている箇所は、姫川河口付近の蛇紋岩分布域、長野県北部の中央隆起帯、鳳凰三山に対応する花崗岩分布域など、基盤岩が露頭もしくは極浅部まで分布していると考えられる地域と良く対応しており、残差重力値の分布形状は地質学的な知見と調和している判断される。
C. 想定地質断面の作成
図5に残差重力分布図上に既往の地震探査結果の測線位置および想定地質断面位置を示したものを示す。想定地質断面は、図5に示す通りWSW側を始点、ENE側を終点として18断面設定した。各想定地質断面の緯度経度については、表1を参照されたい。図6〜図8には、想定地質断面を作成する際に参考とした、既往の地震探査結果の例を示す。図9には作成した想定地質断面の例を示す。
想定地質断面を作成するに際しては、図7に示した山田ほか(1976)などの参考資料を元に、各地層に対するP波速度の推定・確認をした。以下に、松本盆地周辺における代表的な地層名と推定P波速度の値を下記に示す。ここで示した各層のP波速度の値は、経験的には妥当な値であると考えられる。
- 1) 沖積・洪積層:P波速度は3km/sec以下
- 2) 大峰累層:P波速度は3〜4km/sec程度
- 3) 青木・内村層:P波速度は4〜5km/sec程度
- 4) 中・古生層〜花崗岩類:P波速度は5km/sec程度以上
上のように設定した地層とP波速度の関係を元に、地震探査結果や検層資料により速度構造(地質構造)が既知となる箇所はコントロールポイントとして固定し、可能な限り既往資料を反映させた想定地質断面の作成を行なった。
D. 2次元密度構造モデル
C.で作成した想定地質断面の各地層に対して適切な密度値(大久保ほか(2000),Ludwig et al.(1970)、などを参考にした)を付与することで、2次元密度構造モデルの初期モデルを作成した。
この初期モデルをスタートとして、2次元密度構造モデルによる計算重力値が残差重力分布を満足するまでモデルの修正作業を行なった。修正作業は、各層の密度値については固定とし、境界面の幾何学的な形状の変更のみで残差重力値を満足するような計算重力値を与えるモデルを作成した。しかし、境界面の幾何学形状の変更のみでは残差重力値を満足する計算重力値が得られない場合は、地質学的な知見を考慮に入れた上で、高密度層の部分的な追加(例えば、図11に示した断面4や断面5の密度2.6g/cm3の層、図15に示した断面16や断面17の密度2.7 g/cm3および2.8 g/cm3の層)など、密度値の修正を一部分において行なった。最終的に求められた2次元密度構造モデルを、図10〜図15に示す。
ここに示した2次元密度構造モデルによる計算重力値と残差重力値は、概ね良い一致を示しており、全体としては地質情報、地震探査結果、重力データのいずれのデータもほぼ満足しているモデルであると言える。ただし、以下の場所においては、計算重力値と残差重力値との間に差異が認められたため、それぞれに場所において、検討を行なった。結果を以下に示す。
- ・ 飛騨山脈地域
- 2次元密度構造モデルの断面3,4,5の左端付近においては、残差重力値はかなりの低重力となっており、基盤が深くなっていることが示唆される。しかし、酒井ほか(1996)によれば、この地域において地震基盤と考えられるVp=5.9km/sec層の上面は深度2000m程度の浅部に分布している。このためここでは、2次元密度構造モデルにおいても地震基盤相当と考えられる密度2.67g/cm3層上面を同程度の深度2000m程度に設定した。このエリアで残差重力値を満足する計算重力値(地盤構造モデル)が得られない原因としては、三雲ほか(1988)やYamazaki(1996)が地震学的な研究から指摘している、飛騨山脈の下方10km前後の深度にLowV−LowQ域が分布しているということで定性的な説明は可能であると考える。
- ・ 長野盆地の北部地域
- 2次元密度構造モデルの断面4,5の中央部周辺に見られる高重力域を説明するためには、地震基盤相当層(密度2.67g/cm3層上面)を浅くするか、浅部に高密度層を想定する必要がある。しかし、Asano et al.(1969)によれば、地震基盤(Vp=6.0km/sec層上面)の深度は4000m程度と深くなっており、これをコントロールデータとするため地震基盤相当層を浅くすることはできない。
- 一方、地質学的な観点から検討を行なった結果、Kato and Akahane(1986)により、この箇所では浅部に安山岩などの相対的に高密度と考えられる地質が基盤岩の上位層として部分的に分布していることが示されている。そこで、地震基盤相当層の上位に、2.5g/cm3層の一部がやや高密度(2.6g/cm3層)となるモデルを作成した。
- ・ 甲府盆地の北部地域
- 甲府盆地の北部からNNE方向に延びる低重力域(2次元密度構造モデルの断面14,15,16の右端から中央部)を満足させるためには、2次元密度構造モデルの表層部に低密度層を加える、もしくは地震基盤相当層上面(密度2.67g/cm3層上面)の窪みを想定する必要がある。しかし、地質学的な知見からは、低密度層の存在や地震基盤相当層の窪みなどは非常に考えづらい。そのため、このエリアにおいては、残差重力値を満足する計算重力値は得られなかったものの、地質学的な知見を優先させたモデルを作成した。
E. 速度構造モデルへの変換
速度構造モデルへ変換を行なうために、P波速度と密度の対応関係を求めた。この結果を表2に示す。この表は、作成した2次元密度構造モデルと地震探査結果の交点において、2次元密度構造モデルの各層の密度と地震探査結果のP波速度の比較を行なった結果である。たとえば、沖・洪積層(2.2g/cm3層)に対するP波速度の値は、地震探査結果によるP波速度の平均値として2.2km/secと求まった。地震基盤相当層である花崗岩類(2.67g/cm3層)や三波川変成岩(2.8g/cm3層)に対するP波速度の値としては、それぞれVp=5.9km/sec、Vp=6.0km/secと求まった。これらの値は、経験的に考えられる各地層のP波速度としても妥当な値になっていると考えられる。
S波速度値については、今回のモデル作成範囲にS波速度を決めるための適当な資料がなかったため、Ludwig et al.(1970)の関係を用いた。その手順および結果を、図16の左側に示す。また、この手順により求められたS波速度の値もP波速度と同様に、経験的に考えられる値として妥当な値となっていると考えられる。
上記の手順により決定された、P波速度、S波速度、密度の各値の妥当性を検討するために、他の資料との比較を行なった。その結果を、図16−2および図16−3の右側に示す。検討は、「P波速度とS波速度の関係」および「P波速度と密度の関係」の2種についてであるが、どちらの比較結果も既往の資料と矛盾のない結果となっていることが図から確認できる。
以上の結果より、表2および図16−1に示した決定した各パラメータの値は、妥当なものであることが確認された。
F. 3次元構造モデル
以上の手順により、各断面における境界面の幾何学的な形状と物性値(P波速度、S波速度、密度)の値が求められた。差分法で計算するためには、計算用モデルの各グリッドに物性値を与える必要があるが、その作成方法の詳細については、6章で述べる。
参考図
<参考文献>
- ●既存深部構造探査
- ・Ikami et al.(1986): A seismic refraction profile in and around Nagano
Prefecture, Central Japan, J. Phys. Earth,34,457-474.
- ・Asano et al.(1969): Explosion seismic observations in the Matsushiro
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- ・酒井ほか(1996):爆破地震動による中部日本地域の地殻構造、月刊地球,18,104-109.
- ・酒井(1990):早川・静岡測線における爆破地震動の観測,地震学会講演予稿集.
- ・中谷ほか(1991):小諸−身延測(1983)の浅部地殻構造,地球惑星科学関連学会,1991年合同大会予稿集.
- ・國友ほか(1995):爆破地震動観測による甲府盆地の地下構造,地震第48巻,27-36.
- ・山田ほか(1976):松本市北方安曇平における地震探査,地質学論集,第13号,51-61.
- ・佐藤・平田(1998):活断層の深部構造と日本列島の成立、科学68,63-71.
- ・阿部ほか(2001):糸魚川−静岡構造線中域部・諏訪盆地における反射法地震探査、地球惑星関連合同学会.
- ・三雲ほか(1988):飛騨地方の3次元上部地殻構造と活断層及び地殻活動(2),地震学会講演予稿集,104.
- ・Yamazaki (1996):A Wall-Like Low-Q Zone beneath the Yakedake Volcano,
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- ・大久保ほか(2000):重力異常に基づく糸魚川-静岡構造線北部の構造解析、測地学会誌、46,3,177-186.
- ・信濃毎日新聞社(1998):信州の活断層を歩く など
- ●既往重力データ
- ・工業技術院地質調査所(2000):日本重力CD-ROM
- ●弾性波速度値/Q値と密度値との対応関係
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- ・科学技術庁国立防災科学技術センター(1983a):岩槻深層地殻活動観測井の作井と坑井地質,国立防災科学技術センター研究速報,第47号
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- ・科学技術庁国立防災科学技術センター(1985):府中深層地殻活動観測井の作井と坑井地質,国立防災科学技術センター研究速報,第64号
- ・科学技術庁防災科学技術研究所(1996):江東深層地殻活動観測井の地質と首都圏地域の地質構造,防災科学技術研究所研究報告,第56号,77-123.
- ・科学技術庁防災科学技術研究所(1999):関東地域の孔井データ資料集,防災科学技術研究所研究資料,第191号,1-80.
- ・Ludwig et al.(1970):Seismic refraction, Maxwell, A. ed., The sea, 4.
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- ・物理探査学会(1990):“土と岩”の弾性波速度
- ・土および岩石の速度測定に関する研究委員会(1988):土および岩石の速度測定に関する研究委員会報告,物理探査,41,240-241.
- ・土木物探研究会(1970):S波速度について,物理探査,23,3.
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- ・工業技術院地質調査所(1999):20万分の1地質図幅集(画像),数値地質図G-3.
- ・工業技術院地質調査所(1990):金華山沖海底地質図(20万分の1),海洋地質図33.
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- ・平林照雄(1967);糸魚川・静岡線北部地域の地質構造、長野県教育センター研究紀要、vol.1,p.51-75
- ・平田 直・佐藤比呂志・伊藤谷生・池田安隆・岩崎貴哉・大久保修平・酒井慎一・飯高隆・吉井敏剋・篠原雅尚・津村紀子・井川猛・清水信之(1997);北部フォッサマグナの深部地震構造探査、日本地震学会講演予稿集、No.2、A41
- ・Kato, H.(1992); Fossa Magna - A masked border region separating southwest
and northeast Japan, Bull. Geol. Surv. Japan, vol.43, p.1-30
- ・Kato, H. and Akahane, S. (1986); Geology of Nagano district. with Geological
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- ・小坂共栄(1984); 信越方向、大峰方向ならびに津南−松本線、信州大理学部紀要、vol.19、p.121-141
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- ・隈元 崇・池田安隆(1993);南部フォッサマグナ、甲府盆地の低角度逆断層の地下構造とネットスリップ、地震第2輯、vol.46、p.245-258
- ・松本盆地団体研究グループ(1977); 松本盆地の第四紀地質の概観−松本盆地の形成過程に関する研究(1)、地質学論集、No.14、p.93-102
- ・松本市教育委員会(1983);「松本盆地の生い立ちを探る」
- ・新潟県(2001);新潟県地質図(縮尺1/200,000)
- ・日本の地質「中部地方I」編集委員会(代表編集委員 植村 武・山田哲雄)(1988):日本の地質4,中部地方I,共立出版,333p.
- ・海野芳聖(1991); 山梨県甲府盆地の堆積過程−地下地質から見た更新世以降の特徴、地学団体研究会専報、No.38、p.19-25
- ・山岸猪久馬・小坂共栄(1991);北部フォッサマグナにおける鮮新世〜前期更新世の構造運動、地学団体研究会専報、No.38、p.129-140
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