4.4.2 耐震安全性照査に用いる地震動

 本節では、土木学会地震工学委員会耐震基準小委員会(委員長 西村昭彦氏、(株)テス (当時))が2001年9月に発行した「土木構造物の耐震設計ガイドライン(案)− 耐震基準作成のための手引き−」1)(以下、ガイドラインと称する)におけるレベル2地震動について述べる。レベル2地震動は、構造物の耐震安全性照査に用いる地震動である。一方、地震後の使用性に係わる要求を経済的に満たすことを目的とした経済性照査(仮称)に用いる地震動は、これとは別に定める必要があり、それについては4.4.3で同・小委員会の試案を紹介する。

(1) 要求性能と設計入力地震動

 土木学会では1995年兵庫県南部地震による阪神淡路大震災の後、同年5月と翌年1月の2回にわたって耐震基準等に関する「提言」を行った2)。 その中で、今後、土木構造物の耐震性能の照査では、レベル1およびレベル2の2段階の地震動強さを用いるべきことが述べられ、レベル1地震動は原則としてそれが作用しても構造物が損傷しないことを要求する水準を示す、レベル2地震動はきわめて希であるが非常に強い地震動を定式化したもので構造物が損傷を受けることを考慮してその損傷過程にまで立ち入って構造物の耐震性能を照査する水準を示す、としている。
 このうち、レベル2地震動の考え方については、土木構造物の耐震設計に関する特別委員会作業グループ(WG1)が地震工学委員会レベル2地震動研究小委員会とともに調査検討した内容は2000年6月に第3次提言3)の一部として公表されるとともに、同小委員会の調査報告もまとめられている4)。 すなわち、レベル2対象地震を先に選定し、これによる当該地点の地震動を評価することを原則としている。
 「提言」でレベル2地震動は「極めて稀であるが非常に強い地震動」と表現されているが、陸地近傍で発生する大規模なプレート境界地震と主要な活断層による内陸直下の地震は、大きな地震動強度を示す点では共通性があるが、再来期間は前者が100年オーダー、後者が1000年オーダーと大幅に異なっている。 しかも全般的に特定の地震の再現期間に関する情報は現時点では極めて不足しているため両者を同列に扱いにくいことから、ガイドラインでは地震危険度の情報も参照してレベル2対象地震を選定することとしたものの、地震危険度をレベル2地震動の評価に直接用いていない。
 現在の科学技術は、震源断層の破壊プロセスが確定すれば地震動はかなりの高精度で評価できる段階にある。しかし将来の地震に関しては震源断層の破壊プロセスに不確定要因が多く、予測にはばらつきが不可避である。 とりわけ、大きな破壊力を示す強い地震動の発生メカニズムに関しては、未解明ないし不確定の部分が多い。 そのため、耐震機能と経済性のバランスのもとで合理的と判断される地震動強度を選定することが必要であり、その場合にレベル2地震動は物理的に発生可能と考えられる極限としての最大地震動強さを下回ることもある。 レベル2地震動を最大級の強さをもつ地震動としたのは、このためである。 強震動下における構造物の非線形挙動が脆性的であるか塑性的であるかによって、強震動が構造物の耐震性能に及ぼす影響は、大幅に相異することが知られている。 構造物のこのような応答特性を重視する立場から、レベル2地震動を対象構造物の耐震性能に対して、深刻な影響を及ぼす可能性が強い地震動と言い換えると、この用語の意味はより厳密になる。

(2) レベル2対象地震の選定

 レベル2地震動の設定に際しては、まず当該地点において最大級の強さの地震動をもたらし得る地震を選定する。この地震のことをここでは「レベル2対象地震」と呼ぶ。レベル2対象地震は、原則として地震規模(気象庁マグニチュード)と震源もしくは震源断層の位置により表現される。次に、レベル2対象地震が発生した場合の当該地点における地震動を最も適切な方法により評価する。
 一般に、耐震設計における地震外力の設定では、主として地震発生の問題に関する対処方法として、確率論的地震ハザード評価と想定地震(シナリオ地震)による地震動評価の2つの考え方が用いられてきた。ここでのレベル2地震動評価の考え方はこのうちの想定地震による地震動評価に当たる。昨今の強震動地震学の知見によれば、震源の特性(断層の形状や断層の破壊特性など)、地震動の伝播経路特性、地盤による増幅特性などをより詳細にモデル化して地震動を予測することが可能となってきており、こうした方法を駆使してレベル2地震動を評価するには地震の物理的イメージをあらかじめ想定しておくのが便利である。
 土木学会の第二次提言の解説でも指摘されているように、地震荷重評価の観点からはできる限り共通の意思決定規範が用いられるべきであり、加えて性能照査型設計法への移行の趨勢を踏まえれば、今後は種々の構造物が保有する地震リスクを定量化しようとする方向にあると考えられる。こうした観点からは、レベル2地震動が確率論的な地震ハザードレベルと系統的に対応した形で設定できれば理想的である。しかしながら、わが国の多くの活断層の活動による地震発生確率は、例えば30年確率では数%以下のものが大半であるが、一方で宮城県沖地震や糸魚川・静岡構造線断層帯の活動による地震の30年間での発生確率はそれぞれ90%以上、約14%と公表されており、両者の値は大きく異なる。すなわち、最大級の強さの地震動が発生する確率は対象とする地点ごとにさまざまであり、これが発生確率の水準を揃えてレベル2地震動を設定することを困難にさせる最大の要因となっている。
 ガイドラインでは、震源断層が特定できる非常に強い地震動は、その発生確率の高低にかかわらずレベル2地震動の候補として評価している。レベル2地震動と当該地点でのハザードレベルとの関係は地点ごとにさまざまであり、確率レベルを揃えてレベル2地震動を設定するという形にはならない。しかし、確率の情報が不要なのではなく、構造物の耐震性能照査の基礎情報としてレベル2対象地震の発生確率あるいはレベル2地震動の発生確率を明示しておくことが重要であるとしている。なお、この点に関しては、ガイドライン作成後の技術の進展(地震調査研究推進本部などの検討)を踏まえて、議論が進められている。

(3) レベル2地震動の評価

 従来の耐震設計基準は、大きな地震災害が発生するたびに改訂され、設計地震動もそのつど引き上げられてきた歴史を持つ。従って設計地震動は、「既往最大」の地震動の性格を与えられてきた。最近でも1995年兵庫県南部地震を受けて多くの構造物の耐震設計基準が改定され、その設計地震動は例えば道路橋示方書などのように同地震において観測された地震動を参考に設定されている場合が多い。また、地震動は震源や伝播経路およびそれぞれの地点の地盤構造によって大きく影響されるが、従来の基準ではこれらの影響を言わば平均した形で地震動が評価されてきた。例えば地盤を3〜4種類に分類した上で、それぞれに平均的な地盤の影響を考慮する方法などである。
 このような方法で設定されてきた設計地震動は、多くの場合において構造物の地震被害の抑止に有効に働いてきた。1995年兵庫県南部地震においても幅数km、長さ20km程度の所謂「震災の帯」の地域以外では、重大な地震被害はそれほど発生しなかった。震災の帯の地域の被害は、震源断層に近かったこと、深層地盤および浅層地盤の影響で特に地震動が増幅されたため、従来の設計地震動を大きく超える地震動が作用したために発生したと考えられている。すなわち、この地震も含めて過去の地震被害を詳細に調査すると、震源断層に近い、地盤構造によって大きく地震動が増幅されたなど、構造物建設地点の特殊な地震環境、地盤環境が、過去の震災事例にない条件や、平均化された条件よりはるかに異なる条件の場合に、重大な地震被害が発生している。
 1995年兵庫県南部地震で観測された地震動を参考に設定された新しい基準で構造物が設計されれば、今後もし神戸で同じような地震が発生した場合には、被害は遙かに少なくなることは間違いない。しかし、兵庫県南部地震で観測された地震動の大きさは大変大きいので、日本の殆どの地域では発生するはずもない大きな設計地震動で構造物が設計されることになり、大変な不経済となる。またごく一部の地域ではあるが、兵庫県南部地震時の神戸の場合より悪い条件となり、もっと大きな地震動が作用する危険性もある。また、兵庫県南部地震において震災の帯のなかで観測された地震動は存在しないので、これらを参考に設定された設計地震動は、神戸の震災の帯の中では十分ではないかもしれない。
 以上の点を考えると、既往最大かつ代表的な地震動で、日本中の構造物を設計する従来の考え方が、経済的に地震災害を軽減するには、最早有効ではないことがわかる。今後新たに耐震設計基準の改定をおこなう場合には、建設地点の地震環境や地盤環境を個別に的確に評価して設計する体系に変える必要がある。このためには震源となる断層と構造物の建設地点を特定して、構造物ごとに個別に地震動を評価することが必要となる。すなわち、設計地震動が震源依存( Source specific )かつ地点依存 ( Site specific )であることを前提とすることである。
 設計地震動を地盤種別ごとに応答スペクトルなどで明示してきた従来の設計基準に比べると、震源依存地点依存で、構造物ごとに地震動を推定するのは煩雑であることは間違いない。特に重要度のそれほど高くない構造物に対しては、大きな負担となることも考えられる。この点を解決する方法としては、地方自治体などが十分な活断層や地盤の調査をしたのち、震源となる断層を想定し、これらの断層からの距離が同程度で地盤構造がほぼ同じと見なせる大きくても数十平方q程度の地域ごとに、予め設計地震動を推計しておくことが考えられる5)

(4) 不確定性の評価

  1. 地震動評価における不確定性
     対象地震の選定において過去の地震の再来を考える場合、規模や位置をそのままやみくもに用いるのではなく、そこに含まれる不確定性を考慮する必要がある。例えば、過去に発生したのと同じようなタイプの地震でも、規模がより大きな地震が発生する可能性や、当該地点により近い場所で発生する可能性についても検討しておくことが重要である。また活断層に起因する地震動を評価する場合、現状の活断層情報から1回の地震で活動する震源断層を推定する際にも、不確定な要因が少なくない。
     震源断層の破壊過程を考慮してレベル2地震動を設定する通常の場合には、不確定性は対象地震の断層面の位置や地震の規模に、また想定する震源断層の破壊過程や地震動の評価方法などに内在している。
  1. 確率論的地震危険度解析における不確定性の区分
     レベル2地震動の評価の過程では種々の不確定性が含まれるため、それを考慮した上での判断が要求される。こうした不確定性は、レベル2対象地震の規模や断層破壊過程のばらつきのように、現実に存在しているが、現状では予測不可能と考えられるもの(偶然的不確定性と呼ぶ)と、活断層であるかないかという問題や深部地下構造のように完全な調査をすれば確定できるが現状では予測不可能なもの(認識論的不確定性と呼ぶ)の二種類に分けて考えることが出来る。このような不確定性を組織的に処理するための有用な方法として確率論的地震危険度解析がある。確率論的地震危険度解析では、前者は地震動の発生確率を表す地震ハザード曲線として、後者は地震ハザード曲線のばらつきとして評価される。そして後者の不確定性は、専門家間の判断の幅を考慮したロジックツリー手法などによって、評価できると言われている。
  1. 確率論的地震危険度解析と決定論的地震危険度解析
     確率論的地震危険度解析は、地震発生に関する確率モデルと地震時に生じる地震動特性に関する確率モデルを統合して、特定の地点で特定の期間に特定の地震動特性が生じる確率を決定するための方法である。世界的には、1992年〜1999年にかけて実施されたGSHAP(Global Seismic Hazard Assessment Project)により全世界的な地震危険度マップ(50年間の超過確率が10%の最大地動加速度の分布図)が作成され、マップや資料がインターネット等で公開されている。また、米国では米国地質調査所(USGS)によりアラスカ・ハワイを含む新しい全米の地震危険度マップが作成され、インターネット等で公開されている。USGSによるマップは「1997年版新しい建物及び他の構造物に対する地震規則に関するNEHRP勧告条項」で用いられている設計マップの確率的な要素の基礎となっている。設計マップは、最大考慮地震(MCE: Maximum Considered Earthquake)地動マップと呼ばれ、USGSの確率論的地震危険度マップに基づいているが、一部の地域における決定論的地動の導入や工学的判断の適用により修正されている。
     確率論的地震危険度解析によれば、個々の地震は発生領域やマグニチュード、発生頻度が異なるさまざまな地震集合のうちの1サンプルと見なして確率評価されるので、地震危険度解析の結果と比較することにより、確定的に設定されたレベル2地震動が確率論的にどのような位置にあるかを評価することができる。逆に、発生確率や再現期間などの地震危険度レベルを指標としてレベル2地震動の強さを設定することもできるが、その場合にはレベル2地震動の適切な地震危険度レベルについての技術的判断、あるいは社会的合意が不可欠である。現状では、技術者が適切な地震危険度レベルを判断するのに十分な社会的合意は形成されているとは言えず、この点は今後の重要課題である。
  1. 確率論的地震危険度解析に基づく地震動の設定方法
     確率論的地震危険度解析による設計用入力地震動の決定方法としては2つの方法が考えられる。どちらも最初に加速度応答スペクトルを設定し、次にそれに適合した模擬地震動を作成するものである。
     1つは、一様ハザード応答スペクトル(対象とする全周期帯で一様な超過確率を持つスペクトル)を用いる方法であり、もう1つは特定の周期における加速度応答値を再現期間から設定し、それとスペクトル形状を組み合わせるものである。後者の方法でどの周期を選ぶかは対象構造物の特性から判断する。また、スペクトル形状は、設定した加速度応答値を与える可能性が大きい地震の分布(貢献度)を検討し、貢献度の大きな地震(確定的手法の想定地震に相当する)の諸元に基づいて設定する。いずれの方法を用いるにせよ、評価された応答スペクトルに対する模擬地震動作成時の位相についても、貢献度が大きい地震の諸元に基づいて設定することができる。なお、一般的に確率論的地震危険度解析では、そこで用いる種々の確率モデルの条件によって結果が変動すること、また地震動の評価を一般的には経験式(距離減衰式)により行うため断層の破壊過程の取り扱い等が確定的なレベル2地震動の算定手法と異なる場合があることに留意する必要がある。
  1. 感度解析
     一方、より簡便に不確定性を評価する手法として感度解析も有効である。レベル2地震動を算定する過程で必要となる種々のパラメータを現実的な範囲で変化させた解析を積み上げることにより、例えば応答スペクトルのレベルの幅を認識することができるので、レベル2地震動を設定する際の最終的な判断を行うための基礎資料になる。

← Back Next →