3.3 考察

 以上に示した確率論的地震動予測地図試作版(西日本)の特徴を概観する。

A.期間30年の超過確率を固定した場合の地震動強さの分布図

 図3.2-2はすべての地震を考慮したトータルのハザード(主要98断層帯の固有地震の発生確率は平均ケースの場合)のうち、工学的基盤上における最大速度の分布図を示したものである。ここで工学的基盤とは、S波速度が400m/s相当の地層として定義されており、図3.2-1で示した表層地盤の増幅率が1未満の地点では、現実には存在しない地層を想定しているとも言える。しかしながら、工学的基盤上での地震動強さの分布図は表層地盤による地震動の増幅の影響が加味されないので、地震活動モデルの影響がより明確に表現される。図3.2-2では30年超過確率が6%、3%のいずれの場合においても、紀伊半島から四国にかけてのハザードが相対的に高く、逆に日本海沿岸、東シナ海沿岸で低くなっている。紀伊半島から四国、とりわけ太平洋岸での地震ハザードが高いのは、対象期間内の地震発生確率が高い南海トラフの大地震の影響が強く現れているためである。
 図3.2-3は地表における最大速度の分布図を示したものである。表層地盤による増幅の影響が加味されたことによって、ハザードの高低の局所性がより強くなっている。また、図3.2-4は計測震度の分布図であり、基本的には地表の最大速度と傾向を同じくするものであるが、震度階級(以下では震度)で色分けしているために、震度の境界がより明確に表現される結果となっている。30年超過確率が6%の震度で見てみると、近畿地方の中部以南と四国全域で震度6弱以上であり、特に紀伊半島の南東部と四国南部では震度6強となっている。また、震度5強となる地域は、中国地方の南半分と九州中東部、および南西諸島である。
 図3.2-5図3.2-7は、主要98断層帯の地震発生確率を最大ケースとした場合について、トータルの地震ハザードを示したものである。30年超過確率が3%の結果を平均ケース(図3.2-2図3.2-4)と比較すると、滋賀県から大阪府(琵琶湖西岸断層帯、中央構造線断層帯金剛山地東縁−和泉山脈南縁などの影響)、兵庫県中南部(山崎断層帯の影響)、熊本県中部(布田川−日奈久断層帯の影響)などでハザードが高くなっている。
 次に、南海〜東南海〜想定東海地震とそれ以外の地震に分けた場合の結果を見る。図3.2-8は、南海〜東南海〜想定東海地震による地表の計測震度の分布図である。すべての地震を考慮した結果(図3.2-4)との比較から、近畿地方の中部以南と四国全域および中国地方の瀬戸内海沿岸は、南海〜東南海〜想定東海地震の影響が支配的となっていることがわかる。南海〜東南海〜想定東海地震以外の地震によるハザード(図3.2-9図3.2-10)は、地域差が相対的に小さく、平均ケースにおける30年間の超過確率が6%の震度分布では、大半の地域で震度5弱または5強である。超過確率が3%では、平野や盆地で震度6弱となる地域が散見されるが、南西諸島ではかなりの地域で震度6弱となっていることが注目に値する。
 地震のタイプ別の特徴を見てみると、各地震の影響は地震タイプごと、地点ごとに様々である。主要98活断層帯の固有地震の影響は特定の地域に限定され、平均ケースでは近畿地方の中部、最大ケースではこれに加えて兵庫県南部と熊本県中部に強い影響が現れている。(図3.2-11, 12)。これに対して、海溝型地震は広い範囲に強い影響を及ぼしている(図3.2-13)。この影響の大部分は、先に図3.2-8で考察したように南海〜東南海〜想定東海地震によるものであるが、海溝型地震全体としてみた場合にはさらに日向灘や安芸灘〜伊予灘〜豊後水道の地震の影響も加わり、中国地方の南西部から九州西部にかけて震度の高い領域が広くなっている。一方、震源断層を予め特定しにくい地震の中では、グループ4とグループ5の地震の影響が広範囲にわたっており(図3.2-16, 17)、さらに、南西諸島付近の震源断層を予め特定しにくい地震は、九州南部から南西諸島にかけて非常に強い影響を及ぼしていることがわかる(図3.2-18)。逆に、グループ1とグループ3の地震の影響は限定的である(図3.2-14, 15)。

B.期間30年の地震動強さを固定した場合の超過確率の分布図

 図3.2-19図3.2-20は、98断層帯の地震発生確率が平均ケースと最大ケースそれぞれについて、すべての地震を考慮したトータルのハザードのうち、30年間に震度が5弱あるいは6弱を上回る確率の分布図を示したものである。震度5弱を上回る確率は対象領域のほぼ全域で10%以上となっていることがわかる。これに対して、震度6弱を上回る確率が10%以上となる地域は近畿地方の中部以南と四国にほぼ限定されている。
 なお、図3.2-19(確率の分布図)で震度6弱を上回る確率が6%以上の地点(黄色の一部、橙色、赤色)と図3.2-4(震度の分布図)で30年超過確率が6%に対応する震度が6弱以上となる地点(橙色、赤色)は一致することになる。この対応関係は震度5弱に関しても同様である。
 地震のタイプ別の地図の特徴についてはA.で述べたものと同様である。

C.期間50年の超過確率を固定した場合の地震動強さの分布図

 図3.2-32図3.2-34は、主要98断層帯の地震発生確率が平均ケースの場合について、すべての地震を考慮したトータルのハザードを、それぞれ工学的基盤上における最大速度、地表の最大速度、地表の計測震度の分布図として示したものである。地域的な地図の特徴については期間30年の場合で示した傾向と基本的に変わらない。
 図3.2-32図3.2-2図3.2-33図3.2-3図3.2-34図3.2-4がそれぞれ同じ地震動指標の地図であり、期間が50年と30年とで異なる。それぞれの地図を比べれば明らかなように、50年超過確率が10%の結果と30年超過確率が6%の結果は似たものとなっている。同様に、50年超過確率が5%の結果と30年超過確率が3%の結果も似たものとなっている。地震活動がすべて定常であれば、両者の結果は一致することになるが、期間が50年の場合の方が震度の大きい領域がわずかに広がっているなど若干の差が見られるところは、非定常な発生モデルが適用されている地震の影響が現れたためである。地震のタイプ別の地図のうち、グループ1の地震や震源断層を予め特定しにくい地震(グループ3, 4, 5、南西諸島付近の地震)による結果は地震活動を定常ポアソン過程でモデル化しているために、50年超過確率が10%の結果(図3.2-44図3.2-48)と30年超過確率が6%の結果(図3.2-14図3.2-18)、ならびに50年超過確率が5%の結果(図3.2-44図3.2-48)と30年超過確率が3%の結果(図3.2-14図3.2-18)は全く同じものとなっている。
 期間50年の場合は、地震のタイプ別の地図に加えて、個々の海溝型地震による地図についても示しており、地域ごとにいずれの地震の影響が大きいかをより細かく把握することができる。南海〜東南海〜想定東海地震(図3.2-49)の影響が広範囲にわたって強いことはすでに述べたとおりであるが、安芸灘〜伊予灘〜豊後水道のプレート内地震(図3.2-50)、日向灘のプレート間地震(図3.2-51)、日向灘のひと回り小さいプレート間地震(図3.2-52)も、震源域近傍の地域での結果にはそれなりに影響を及ぼしていることがわかる。なお、日向灘のプレート間地震(図3.2-51)では、50年超過確率が39%の地図に色がついていないが、これはその地震の発生確率(50年間で22%)が当該超過確率(39%)未満であるためである。


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