2. 確率論的地震動予測地図試作版(西日本)の作成手法

2.1 評価の手順と結果の表現方法

A. 地震ハザード評価手法の概要

 地震ハザード評価とは、地点における地震動の強さとそれを特定の期間内に超える確率の関係(ハザードカーブと呼ばれる)を算定するものである。一般的には、図2.1-1に示すフローにしたがって評価される。大まかな手順は、以下のようになっている。

  1. 対象地点周辺の地震活動をモデル化する。西日本を対象とした確率論的地震動予測地図試作版では、考慮する地震を以下の8種類に分類してモデル化している。
     a) 震源断層を特定した地震
    • 主要98活断層帯に発生する固有地震(主要98活断層帯の固有地震)
    • プレートの沈み込みに伴う大地震(海溝型地震)
    • 98活断層帯以外の活断層に発生する地震(グループ1)
    • 98活断層帯に発生する固有地震以外の地震(グループ2)
     b) 震源断層を予め特定しにくい地震
    • プレート間で発生する地震のうち大地震以外の地震(グループ3)
    • 沈み込むプレート内で発生する地震のうち大地震以外の地震(グループ4、九州から南西諸島周辺のやや深発地震を含む)
    • 陸域で発生する地震のうち活断層が特定されていない場所で発生する地震(グループ5)
    • 南西諸島周辺の浅発地震および与那国島周辺で発生する地震のうち大地震以外の地震(南西諸島付近の震源断層を予め特定しにくい地震)
    ただし、西日本の試作版の作成ではグループ2は対象外としており、合計7種類の分類が用いられている。
  2. モデル化したそれぞれの地震について、地震規模の確率、距離の確率、地震の発生確率(あるいは頻度)を評価する。
  3. 地震の規模と距離が与えられた場合の地震動強さの推定の確率モデルを設定する。通常は、距離減衰式とそのばらつきによってモデル化される。
  4. モデル化された個々の地震について、着目期間内にその地震によって地震動の強さがある値を超える確率を評価する。
  5. これをモデル化した地震数繰り返し、それらの結果を統合することにより、全ての地震を考慮した場合に地震動の強さが着目期間内に少なくとも1度ある値を超える確率を算定する。

 確率論的地震動予測地図は、以上の手順によって地点ごとに実施された地震ハザード評価の結果に基づいて、期間、地震動の強さ、確率のうちの2つを固定し、残りの一つの地域分布を示したものである。

B. ハザードカーブの算定方法

 着目地点において、その周辺で発生する地震(あるいは地震群)によって 年間に少なくとも1回地震動の強さが を超える確率を、一般にハザードカーブと呼ぶ。ハザードカーブは、地点の周辺で発生するいずれの地震(群)によっても 以下である確率を 1から引くことにより、次式で評価される。

(2.1-1)

ここに、k番目の地震(群)によって 年間に少なくとも1回地震動の強さが を超える確率であり、以下の(1)および(2)のように算定される。なお、以下の記述では、地震の規模と距離に関して離散的な表現としている。

(1)震源を予め特定できる地震(98断層帯、海溝型地震、グループ1)

 これらの地震の発生確率は、一部のものについては更新過程あるいは時間予測モデルといった非定常な地震活動を表すモデルに基づき算定され、残りのものについては定常ポアソン過程を仮定して評価される。この場合、 番目の地震によって、地震動の強さが 年間に少なくとも1回 を超える確率は、以下のようにして算定することができる。

  1. 非定常な地震活動モデルに基づき地震発生確率が算定される場合
     期間 の間に複数回の地震発生を考慮する場合、それぞれの地震時の地震動の強さが互いに独立であると仮定すると、地震動の強さが 年間に少なくとも1回 を超える確率は、

    (2.1-2)

    で表される。ただし、は期間 の間に 回地震が発生する確率、は地震 k が1度発生した条件下で地震動の強さが を超える条件付確率であり、

    (2.1-3)

    となる。ここに、 番目の地震における規模と確率関数、は規模が の条件下での距離の確率関数、は地震の規模が 、距離が の時に地震動の強さが 以上となる条件付確率である。距離減衰式を用いて地震動の強さを評価する場合には、は距離減衰式の中央値 とそのばらつき(中央値を1とする対数正規変量 で表されることが多い)を用いて、

    (2.1-4)

    となる。ただし、 の累積分布関数である。
     なお、期間 に複数回の地震が発生する確率が無視できる場合には、式(2.1-2)は簡略化されて次式で表される。

    (2.1-5)

    ただし、 番目の地震が 年間に発生する確率であり、更新過程あるいは時間予測モデルに基づき、BPT分布を用いて評価される(地震調査研究推進本部地震調査委員会, 2001)。西日本の試作版では、非定常な地震発生モデルを適用する地震のうち、30年間あるいは50年間に複数回の発生を考慮する必要がある地震は無いため、式(2.1-5)を適用している。

  1. 地震の発生が定常ポアソン過程でモデル化される場合
     地震の発生を定常ポアソン過程とした場合には、地震動の強さが 年間に を超える確率は、

    (2.1-6)

    となる。ただし、 番目の地震によって地震動の強さが を超える年あたりの頻度であり、

    (2.1-7)

    となる。ここに、 番目の地震の年あたりの発生頻度、他は a. と同様である。

(2)震源断層を予め特定しにくい地震(グループ3,4,5の地震、南西諸島付近の震源断層を予め特定しにくい地震)

 上記(1)と異なり、対象とする地震を複数の規模と距離の組み合わせから成る群として取り扱う必要がある。これらの地震は、地域区分する方法と地域区分しない方法とを併用して評価するが、地域区分する方法の場合には地震活動域ごと、地域区分しない方法ではメッシュごとに、それぞれ地震活動が一様としている。これにより、各地震活動域あるいはメッシュを対象としている範囲において、地震の規模と発生場所は互いに独立となる。地震の規模の確率分布はGutenberg-Richterの関係式から、また、距離の確率分布は地点と地震活動域あるいはメッシュとの幾何学的な位置関係からそれぞれ算定することができる。地震の発生時系列は、定常ポアソン過程でモデル化している。
 以上から、グループ の地震によって、地震動の強さが 年間に を超える確率 は、次式によって算定することができる。

(2.1-8)

ただし、 はグループ の地震によって地震動の強さが を超える年あたりの頻度であり、

(2.1-9)

となる。ここに、はグループ の地震を構成する 番目の地震活動域またはメッシュにおける最小マグニチュード(=5.0)以上の地震の年あたりの発生頻度、はグループ の地震を構成するk番目の地震活動域またはメッシュで地震が1つ発生した場合に地点での地震動の強さが を超える条件付確率、 番目の地震活動域またはメッシュにおける規模の確率関数、は規模が の条件下での距離の確率関数、は地震の規模が、距離が の時に地震動の強さが を超える条件付確率である。
 なお、震源断層を予め特定しにくい地震では、上述のように、地震の規模の確率分布を、Gutenberg-Richter式に従うモデル(いわゆる 値モデル)でモデル化している。厳密には、領域ごとに最大マグニチュードを設定しているため、上限値を有する 値モデル(truncated 値モデル)となっている。マグニチュードの上限値(と下限値)を有する 値モデルでは、

(2.1-10)
(2.1-11)

と、Gutenberg-Richter式

(2.1-12)

より、マグニチュード の分布関数は、

(2.1-13)

となる。ここで、 は最小と最大のマグニチュードであるが、一般にはマグニチュードの刻み は0.1とすることが多く、この場合には、(0.1刻みで表示された)最小マグニチュードが5.0の場合、 には が、同様に には0.1刻みの最大マグニチュード が用いられる。上記の式(2.1-13)を用いて、マグニチュード となる確率は、 として、

(2.1-14)

となる。最大値を設定しない 値モデルでは、規模別の累積発生頻度が片対数軸上で直線となるが、上限値が設定されている場合には、規模別の累積発生頻度は直線にはならないことに注意が必要である。

C. 結果の表現方法

(1)ハザードカーブ

 ハザードカーブは、地震動の強さとそれを特定期間内に超える確率の関係を示したものであり、算定方法は B. で示したとおりである。実際には、離散的に設定した地震動の強さごとに超過確率を算定し、それを図2.1-2に示すような図上において直線で結んで表示している。
 特定の地震動の強さを定めたときにそれを超える確率、あるいは特定の超過確率を与えたときにそれに対応する地震動の強さは、それぞれ図2.1-2の図上において線形補間して算定している。このように、対象とする期間を固定した上で、地震動の強さを与えて確率を算定する、あるいは確率を与えて地震動の強さを算定することは、1つのハザードカーブを用いて容易に行うことができる。一方、地震動の強さと確率を固定してそれに該当する期間を算定することは、非定常な地震発生モデルを扱う場合には困難である。ただし、全ての地震の発生が定常ポアソン過程にしたがうとする場合には、算定されたハザードカーブを異なる期間の超過確率に変換することができるため、この関係を用いれば可能である。

(2)確率論的地震動予測地図の表示

確率論的地図は、地点ごとに独立に算定された 年間のハザードカーブに基づき、

  1. 与えられた確率に対応する地震動強さを地点ごとに求め、その分布を地図上に表したもの
  2. 与えられた地震動強さの超過確率を地点ごとに求め、その分布を地図上に表したもの

の2種類を作成している。図2.1-2に示したように、これらはハザードカーブをどちらから読むかの違いである。

2.1の参考文献

  • 地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001):長期的な地震発生確率の評価手法について,平成13年6月.

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