6.6 ケース1による表層地盤非線形応答

 ここでは、6.3のケース1の詳細法によるハイブリッド合成波を用いて浅部地盤応答計算を行い、地表における加速度ないしは速度波形を求め、気象庁の計測震度の考え方を元に計測震度を求めた。さらに、6.3で求めたハイブリッド合成波に微地形による増幅倍率をかけ地表における最大速度および計測震度と比較を行った。検討の流れを図6.6-1に示す。

A. 応答解析結果

 詳細法で算出された工学的基盤の波形を入力とし、ボーリング地点ごとに応答計算を行い、地表の計測震度および速度を求めた。
 応答計算は等価線形法を用い、以下の条件で計算を行った。(詳細は3.5参照)

  1. 応答計算に用いた波形………想定糸魚川−静岡構造線断層帯地震<ケース1>における解放工学的基盤のハイブリッド合成波を用いた。ハイブリッド合成波は速度波形であることから、微分して加速度波形にして計算に用いた。成分は水平2成分である。
  2. 入力した地層境界……計算領域内のボーリングデータにおける風化岩ないしはN値50以上となる砂礫層上面を工学的基盤面とした。工学的基盤のS波速度はK-NETおよびHi-net等を参考に500m/secと設定した。
  3. 大きさ……計算されたハイブリッド合成波そのものの大きさとした。
  4. 対象とした領域……長野市付近、松本市付近、諏訪市付近、甲府盆地の4カ所とした。これらの領域での計算対象のボーリング数は、表6.6-1の示すとおりである。
  5. 地盤のモデル化……土質区分はTerzaghi-Peckによる地盤区分を参考に設定した
    • 単位体積重量……道路橋示方書・同解説X耐震設計編(1990)をもとに設定
    • S波速度……Imai and Tonouchi(1982)によるS波速度とN値の関係
    • せん断剛性比(G/G0)および減衰定数(h)とせん断ひずみ(γ)との関係……今津・福武(1986)による粘土、砂、砂礫の平均的なG/G0〜γ、h〜γの関係を用いた。
  6. 検討に用いた解析手法……SH波の重複反射理論に基づいた等価線形解析とする。用いた解析コードは、SHAKEである。

 応答計算結果は、地表における加速度波形として出力される。2成分の地表の加速度波形を3成分のベクトル波形と見なし、気象庁の計測震度の算出方法を用いて計測震度を求めた。次に、この加速度波形を数値積分し、速度波形に変換し、最大速度を求めた。
 以下に、工学的基盤におけるハイブリッド合成波の最大速度に微地形による速度の増幅倍率をかけ、さらに翠川ら(1999)の速度と計測震度の関係より震度を算出した結果(簡便法、メッシュによる表現、6.3参照)と今回の応答計算によって算出した計測震度とを併せた図を図6.6-2図6.6-6に示した。これら示した図は、まずは全域の分布図、次にそれぞれ4カ所の領域の拡大図の順に示している。
 これらの分布図によると、応答計算の結果と微地形による増幅倍率をかけた結果とが整合する場合、応答計算の結果の方が大きくなる場合または小さくなる場合など様々である。違いの大きいものでは震度で2ランクの違いがある。例えば、長野市の南部ではメッシュで震度5強となっているがボーリングポイントでは震度6弱となっているところがある(図6.6-3)。松本市付近ではメッシュで震度6弱となっているがボーリングポイントで震度7となっているところがある(図6.6-4)。このようにボーリングポイントが全てではないが、応答計算を行って地表の計測震度を求めた方が大きくなる傾向が多く見られる。
 次に、速度の分布図を図6.6-7図6.6-11に示した。速度の分布においても応答計算の結果と微地形による増幅倍率をかけた結果とが整合する場合、応答計算の結果の方が大きくなる場合または小さくなる場合など様々である。長野市付近ではメッシュの黄色にポイントの緑色が分布(図6.6-8)、豊科町付近ではメッシュの赤色部分にポイントの橙色が分布(図6.6-9)、岡谷付近ではメッシュの橙色部分にポイントの黄色が分布(図6.6-10)するなど、計測震度の分布とは逆にメッシュよりもボーリングポイントの方が小さくなる傾向が多く見られた。

B. 代表地点の工学的基盤波形および地表波形、深さごとの加速度、応力、ひずみ

 応答計算結果の代表地点として、糸魚川−静岡構造線断層帯地震では4つの領域から2地点ずつを選んだ。選定には、その地域で工学的基盤までの深さの深いものと浅いものを選ぶことを念頭にした。それぞれ抽出した地点の位置は、震度分布図および速度分布図に矢印とボーリング番号が記されている。
 基本的には工学的基盤から地表に行くにしたがい加速度分布は大きくなり、応力とひずみは小さくなっている。
 松本市付近のボーリング番号54384011-0104406(図6.6-17)、諏訪市付近の53387172-0105798(図6.6-21)では、加速度の分布が工学的基盤の加速度よりも一旦小さくなってから徐々に加速度大きくなる形を示している。両ボーリングにおける共通点は工学的基盤の上層に砂礫があり、砂や粘土に比べると減衰hが大きくなる砂礫のG/G0,h−γ曲線を使っていることが原因と考えられる。特に松本市付近の地盤はS波速度が345m/sと速いことから、剛性の高い地盤に非線形効果を入れるのは検討が必要である。
図6.6-12図6.6-23

C. 応答計算結果において「ひずみ」が1%を超える地点

 今回、解析に用いた等価線形法では、ひずみが1%前後以上になると、地盤の非線形性が大きくなり計算の精度が落ちると言われている。
 糸魚川−静岡構造線断層帯地震の場合、入力地震動の大きさが大きいことにより、応答計算結果のひずみの値が大きくなることも考えられる。そこで、ひずみが1%を超える結果になっているボーリングの分布を求めた。
 糸魚川−静岡構造線断層帯地震のケース1の場合、今回計算した範囲では合計37地点でひずみが1%を超えるところが出てきた。この地点をプロットしたのが、図6.6-24および図6.6-25である。入力地震動の大きくなる松本市周辺に多く分布しており、その他には長野市や茅野市にもそれぞれ1点分布している。

D. 簡便法による計測震度および速度とボーリング地点の応答計算結果による計測震度および速度との比較

 簡便法(工学的基盤の最大速度に微地形による増幅倍率をかける方法、6.3参照)による計測震度または速度とボーリング地点の応答計算結果の計測震度または速度について、横軸に簡便法による結果、縦軸にボーリング地点の応答計算結果をとって比較を行った。さらに、この結果を微地形の分類ごとにも分けて比較を行った。
(図6.6-26(1)図6.6-27(2))

  1. 計測震度の分布
     計測震度の分布では、計測震度が簡便法で5.0から6.5、応答計算で4.5から7.0に入る範囲に分布する傾向を示し、応答計算の方が簡便法よりもやや大きくなる傾向を示している。特に、砂礫台地、扇状地、自然堤防で応答計算による計測震度の方が大きくなる傾向を示した。先第三紀以前および谷底平野ではほぼ簡便法による計測震度と応答計算による計測震度が1:1の線上付近となっており、デルタ・後背湿地(D≦0.5)では応答計算による計測震度の方が小さくなる傾向を示している。

  2. 速度の分布
     速度の範囲は、簡便法では数十cm/sから150cm/sまで広く分布しているが、応答計算では数十cm/sから100cm/sまでの範囲に分布しており、応答計算の方が小さくなっている。
     微地形による特徴としては、デルタ・後背湿地(D≦0.5)および谷底平野において簡便法による速度が大きくなっても応答計算による速度はそれほど大きくならない傾向にある。砂礫台地では大多数は簡便法と応答計算による速度がほぼ1:1の線上付近に位置しているが、応答計算の50cm/sより小さい速度では簡便法による速度が大きくなっている地点がある。先第三紀以前では簡便法の方が応答計算よりやや大きくなっている。扇状地ではおおむね簡便法による速度と応答計算による速度が1:1の線上付近に分布している。

 簡便法で用いた工学的基盤の最大速度に対する微地形による増幅倍率は、松岡・翠川(1994)によるものであるが、国土数値情報による微地形分類が第三次地域標準メッシュの約1kmメッシュを用いていること、地盤の平均S波速度と地理的条件との関係においてばらつきがあることなどから、増幅倍率にばらつきを持っている。また、松岡・翠川の方法の検証は、1987年千葉県東方沖地震時の関東地方の強震記録を用いているが、本検討の糸魚川−静岡構造線断層帯における断層近傍の強震動のような大きな震動を用いておらず(40cm/s以下)、強震時の地盤の非線形性が考慮されていない。今回の結果を見ても、50cm/s以下であれば、簡便法による速度と応答計算による速度が1:1の線上付近に分布している。
 一方、応答計算では、等価線形法を用いており、強震時に地盤のひずみが大きくなった場合に減衰定数の過大評価による短周期成分の減少と剛性低下の過大評価による長周期化が起こり、実際と異なった結果となる。
 このようなことから、応答計算に逐次非線形解析法を用いることが考えられる。逐次非線形解析法は、等価線形解析に比べると強震観測結果をよく説明できるとされているが、これらの研究成果は強震観測地点での地盤情報が調べられて、観測波形を説明できるようにパラメータの設定を行っている場合が多い。地震動予測地図を作成する場合には、ボーリング1本ごとにパラメータの設定を行うことはできないので、逐次非線形解析法で用いている構成則の性質を十分理解した上で、パラメータを注意して設定することが必要である。