C. USGS によるハザードマップのレビュー
ここでは、日本以外の政府関連機関が作成した地震ハザードマップの例として、USGS(米国地質調査所)が近年作成したものを取り上げ、その概要を整理する。
1) 文献
USGS が作成した地震ハザードマップに関しては、いくつかの論文、レポートが公表されている。代表的なものは以下であるが、本項での以下の記述は、主としてFrankel,
et al.(1996)に基づいている。
- Frankel, A.: Mapping Seismic Hazard in the Central and Eastern United States, Seismological Research Letters, Vol. 66, No. 4, pp. 8-21, 1995.
- 米国中東部を対象にとしたハザードマップ作成手法(案)と試算結果を提示しており、特にsmoothed
seismicity についての説明に紙面の多くを費やしている
- Frankel, A., et al.: National Seismic-Hazard Maps: Documentation June 1996,
U.S. Geological Survey Open-File Report 96-532, U.S. Geological Survey,
1996.
- 1996 年6 月に公表したハザードマップの作成手法の解説
- Frankel, A., et al.: USGS National Seismic Hazard Maps, Earthquake Spectra,
Vol. 16, No.1, pp. 1-19, 2000.
- 1996 年のレポートには含まれていないアラスカ、ハワイを追加したもの
2) 主な特徴
- smoothed seismicity の採用
- ロジックツリーの導入
- 米国中東部と西部に分けた評価
- Adaptive weighting
3) 地震動の強さの指標と定義位置
- 最大加速度および周期0.2, 0.3, 1.0 秒の減衰定数5%の加速度応答スペクトル
- 硬質地盤(firm rock:表層30m の平均せん断波速度が760m/s)
4) 対象期間・確率レベル
- 50 年10%, 5%, 2%
- ポアソン過程のため時間軸の原点は指定無し
5) 計算ピッチ
- 西部は0.1 度×0.1 度
- 中東部は0.2 度×0.2 度(補間により0.1 度間隔にしている)
6) 地震活動のモデル化
- smoothed seismicity、background source zones、活断層、特定の地震発生領域の組み合わせとなっている。これらは大別して、1)
smoothed seismicity および background source zones と、2) 活断層および特定の地震発生領域の2
つで構成され、1)と2)による地震ハザードを足し合わせている。前者はM5.0 以上の地震を、後者はより大規模な特定の地震のみを対象としている。smoothed
seismicity、background source zones、活断層、特定の地震発生領域の組み合わせとなっている。これらは大別して、1)
smoothed seismicity および background source zones と、2) 活断層および特定の地震発生領域の2
つで構成され、1)と2)による地震ハザードを足し合わせている。前者はM5.0 以上の地震を、後者はより大規模な特定の地震のみを対象としている。
- 中東部の1)は、期間・規模の異なる地震カタログに基づく3 種類のsmoothed seismicity
と1 つのbackground source zones の合計4 つのモデルを、重みを考慮して統合している。深さは5km
に固定している(式によって扱いは異なる)。
- 中東部の2)は、New Madrid, Charleston ほか4 種類の特定領域からなる。
- 西部の1)は、1 種類のsmoothed seismicity と1 種類のbackground source zones
を統合している。ただし、西海岸のCA, OR, WA の3 州では、州の西部でのbackground
source zone を考慮していない。
- 西部の2)は、セグメンテーションが既知の活断層、セグメンテーションが不明の活断層、Cascadia
subduction zone の3 種類。活断層は合計約500 本。
- smoothed seismicity は、0.1 度メッシュの領域ごとの地震数からG-R 式の係数をa 算定し(b 値は固定)、それを平滑化するもので、地震活動域に区分する際の判断が不要なことを利点として挙げている。
- background source zones は、歴史上地震が少ない領域の地震ハザードを持ち上げる目的で設定しており、個々の領域は非常に大きく設定されている。
- 西部の活断層は、セグメント区分が既知のものは固有規模の地震のみ、不明のものは固有規模とb
値モデル(M6.5 以上)を併用している。
- 活断層で発生する地震の頻度は、平均変位速度に基づいて算定している。
7) 地震発生の時系列モデル
- ポアソン過程
- 西部の活断層についてもポアソン過程としている。
8) 地震規模のモデル
- 固有規模(活断層および特定の領域)とb 値モデル(smoothed seismicity, background
source zones, およびセグメント区分が不明の活断層)を併用している。
- セグメント区分が不明の活断層については、固有規模とb 値モデルを併用している。
- b 値モデルは、場所ごとに最大マグニチュードを設定している。
9) 距離のモデル
- smoothed seismicity とbackground source zones は、0.1 度間隔に離散化された点それぞれにG-R
式の係数と最大マグニチュードが与えられており、それらの影響を積分する。smoothed
seismicity とbackground source zones は、0.1 度間隔に離散化された点それぞれにG-R
式の係数と最大マグニチュードが与えられており、それらの影響を積分する。
- 活断層と特定の領域については、固有規模の場合は固有距離、b 値モデルは活動区間の分布を考慮している模様であるが、Charleston などは別の扱いとなっているようであり、詳細は不明。
10) データ
11) 地震動のモデル化
- 複数の距離減衰式(下記参照)をロジックツリーで統合している。
- ばらつきは対数正規分布でモデル化しており、対数標準偏差は式や指標ごとに異なる
(下記参照)。
- 中東部では、Toro and others(1993)と独自に作成したものを同じ重みで併用。
- 西部では以下のように細分化して使い分けている。
- a) 地殻内の地震のPGA:Boore, Joyner, and Fumal(1993, 1994)を修正したもの、Sadigh and others (1993)、Campbell and Bozorgnia(1994)を同じ重みで併用。活断層に対しては、活断層のタイプに応じた式を用いている。
- b) 地殻内の地震の応答スペクトル:Boore, Joyner, and Fumal(1993)とSadigh
and others (1993)を同じ重みで併用。活断層に対しては、活断層のタイプに応じた式を用いている。
- c) 震源深さが35km を超える地震:Geomatrix(1993)に深さの補正を加えたもの。
- d) Cascadia subduction zone:M8.3 の地震に対してはSadigh and others (1993)とGeomatrix(1993)を同じ重みで、M9.0
の地震に対してはSadigh and others (1993) のみを使用。
- 対数標準偏差は、以下のようになっている。
- a) 中東部:周期1.0 秒の加速度応答スペクトルで0.8、他は0.75。
- b) 西部:Boore, Joyner, and Fumal(1993)式ではその文献に記載の値を、他の式では規模によって変化する値を採用。
12) 表層地盤の影響の考慮
13) その他特記事項
- smoothed seismicity の採用、ロジックツリーの導入、中東部と西部に分けた評価、平均変位速度に基づく活断層の活動間隔の推定、adaptive weighting などが特徴として挙げられている。
- smoothed seismicity は、過去に小規模のものを含めて地震が多く発生した場所では、将来も(大規模のものまで含めて)地震が多く発生すると仮定するもので、「causative
structures of seismicity がよくわかっていない領域において地震活動域(seismic
source zones)に区分する際の判断を避けるために用いている」としている。また、「これは、複数の専門家が持ち寄った地震活動域に基づいて地震ハザードを評価するという最近の傾向に、ある意味で逆行する方法である」と述べているが、「EPRI
による非常に複雑な地震活動域を用いた結果と、本手法による単純なモデルによる結果とは、比較的近い値となっている」としている。
- ロジックツリーは、地震活動のモデル化、距離減衰式の選定など各所で用いられている。
- 中東部と西部に分けた理由の一つは、距離減衰特性の違いとしている。
- smoothed seismicity とbackground source zones の結果を統合すると、後者の影響により地震活動度の高い地域の地震ハザードを小さく評価するとの判断から、smoothed
seismicity によるa 値がbackground source zone によるものよりも大きい場合には、background
source zone に重みを与えていない(これをadaptive weighting と呼んでいる)。
14) smoothed seismicity について
USGS のハザードマップでは、smoothed seismicity の採用を大きな特徴として挙げている。Frankel(1995)は、採用の理由として、「One
of the motivations for directly using the smoothed historical seismicity
is to get away from the judgments involved in drawing seismic source zones
in a region where the causative structures of seismicity are largely unknown,
such as the central and eastern U.S.」としている。
この方法は、先述の通り、過去に小規模のものを含めて地震が多く発生した場所では、将来も(大規模のものまで含めて)地震が多く発生すると仮定するものであり、地震活動域を区分することなく、機械的に地震活動度の地域特性を評価することが可能となる。一方で、日本に適用する場合には、
- 地震活動が活発で、地震活動や地震地体構造に関する理解が(少なくともアメリカ中東部よりも)進んでいると考えられる日本において、この種の方法を適用することが適切かどうか
- 同一の地震地体構造区に分類される領域内において、過去に多くの中小地震が発生した場所とそうでない場所で地震ハザードに差をつけることが適切かどうか
といった観点も含めて検討する必要があると考えられる。
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