7.1968年日向灘地震の観測記録との比較検討(ケース1Aの設定と計算)

 前章において、1968年日向灘地震および1662年の日向灘の地震を想定した強震動計算の結果を示した。
本章では、1968年日向灘地震の観測記録との比較検討、およびその検討により再設定したケースの強震動計算結果等について述べる。
 本章での検討は以下のように行った。

  1. 気象庁の宮崎地方気象台(以下、JMA宮崎地点と記す)の観測記録とケース1の結果の比較。
  2. 統計的グリーン関数法により、JMA宮崎地点の観測記録により合うようなパラメータ設定の検討。
  3. 2. で設定したパラメータにより、ケース1と同じ計算範囲についてハイブリッド法による計算を行う(ケース1A)。
  4. ケース1およびケース1Aの結果と気象官署の観測記録との比較。
  5. ケース1およびケース1Aの結果と細島地点の観測記録との比較。
  6. ケース1およびケース1Aの結果と震度分布および距離減衰式との比較。

7.1 ケース1の詳細法計算結果とJMA宮崎地点の観測記録との比較

 比較検討の最初として、当地域の主要な都市であること、破壊の進行方向に位置することなどを考慮して、JMA宮崎地点の観測記録と、同地点近傍の評価地点におけるケース1の詳細法計算結果(詳細法工学的基盤の波形)を単純に積分した上で、比較を行ってみた。
 図7.1-1にJMA宮崎地点の観測記録を示し、図7.1-2に計算結果を積分した変位波形(縦・横軸をJMA記録とほぼ同じになるように調整)を示す。なお、JMA宮崎地点の浅部地盤の情報は得られていないが、観測地点周辺で得られているボーリングデータ中で、最も近いデータによると、深さ1mで砂礫層、深さ2mで硬岩となっていることより、浅部地盤の影響は大きくはないと考え、浅部地盤について応答計算等は行わず、詳細法工学的基盤面での波形をそのまま比較に用いることとした。
 同図によれば、JMA宮崎地点の観測記録においては、主要動部分に顕著な2つのピークが見られるが、計算波形については、ピークが1つしか見られず、明らかに波形形状が異なっているように見える。
 計算波形の70秒〜130秒程度までに継続するやや振幅の大きな波は、宮崎県沿岸の地震基盤が盆地状に深くなっている部分において励起された表面波と解釈することが出来るが(例えば、図6.2-7 (2) 参照)、観測記録に見られるような、10秒程度の間隔の鋭いピークの生成を深部地盤構造に求めるのは難しいと考えられる。したがって、震源の検討により観測記録との調和を図ることを以下に検討することとした。

7.2 統計的グリーン関数法による震源断層の検討

 本節では、前述のJMA宮崎地点の観測記録に見られる2つのピークについて、震源モデルの修正により、計算結果にも2つのピークを成すことができるか、統計的グリーン関数法により検討した。なお、ここではより条件を観測波形に近づけるため、計算結果より1質点系の変位応答(固有周期T=5.5秒、減衰 =0.5)を求め、これと観測結果とを比較することとした。
 ケース1の震源モデルは、八木ほか(1998)Yagi and Kikuchi (2003) の解析結果をもとに、レシピに沿って構築した(図7.2-1)。八木ほか(1998)によれば、「すべり分布は、破壊開始点から約20km南西部にあるA、破壊開始点から約9km北東にあるB、破壊開始点から約50km西にあるCの3つのサブイベントに大別できる」。また、「サブイベントA、Bのすべり速度関数は初期破壊から約10秒後に最大値を持ち、これが主破壊に相当する」とある。JMA宮崎地点の観測点は、破壊開始点から見て南西にあることより、その観測波形に見られる2つのピーク(時間差10秒強)は、それぞれサブイベントA,Bによって成されたことが推測される。
 ケース1の震源モデルでは、第1アスペリティがサブイベントA,第2アスペリティがサブイベントBに対応している(図7.2-1)。計算結果における、それぞれのアスペリティの寄与を確認するテストとして、第1アスペリティを除いたモデルで計算を行った。図7.2-2(a)には、ケース1のJMA宮崎地点における統計的グリーン関数法の計算結果を示す。また、図7.2-2(b)には、第1アスペリティを除いたモデルによる計算結果を示す。両者の比較から、JMA宮崎地点においては、第1アスペリティの寄与が大きく大半を占めること、それぞれのアスペリティによる波形のピークの時間差が短い(6秒程度)ことがわかる。

テスト1

 JMA宮崎地点の観測波形に認められる2つ目のピークの走時と観測点との位置関係を考慮すると、第2アスペリティは破壊開始点より北東に離れたところにある必要がある。そこで、第2アスペリティを震源域の中で可能な限り北東へ移動した。図7.2-3に計算結果(加速度波形と変位応答波形)を示す。図7.2-2と比べると若干2番目のピークが大きくなった。

テスト2

 第1アスペリティの寄与が第2アスペリティのそれと比べて大き過ぎるため、第1アスペリティを小さくし、第2アスペリティを大きくした。図7.2-4に計算結果を示す。

テスト3

 さらに第1アスペリティを小さくし、第2アスペリティとほぼ同じ大きさとした。図7.2-5に結果を示す。

テスト4

 破壊開始点を約5km第1アスペリティに近づけ、それぞれのアスペリティの寄与によるピークの時間差を広げた。図7.2-6に結果を示す。

テスト5

 テスト4でも、第1ピークが第2ピークよりも顕著であるため、第2アスペリティの応力降下量を倍の20.8MPaとした。図7.2-7に結果を示す。

テスト6

 波形の形状は、種地震によっても変化する。図7.2-8に種地震の乱数を変えた場合の計算結果を2例示す。

参考テスト(テスト7)

 八木ほか(1998)では、解析結果として要素断層ごとの滑り量分布が示されている。この滑り量を読み取り、各要素断層の地震モーメントを求めて震源モデルを作成した(図7.2-9)。要素断層のサイズは、八木ほか(1998)で示されているものと同じく9km×9kmとした。図7.2-9では、滑り量が平均滑り量1.3mの2倍以上である要素断層に着色してある。各要素断層の応力降下量は、それぞれの要素断層を等価な円形クラックと仮定して次式より求めた。

ここで、 :地震モーメント、 :応力降下量、 :断層面積。図7.2-10にテスト7の結果を示す。

 以上のテストをまとめると、テスト4までが、アスペリティの面積の設定を除いては、ほぼ「海溝型レシピ」に沿った震源の設定となっている。テスト5、6は、アスペリティの応力降下量の設定についてレシピに沿っていない。ただし、アスペリティの応力降下量を観測記録の再現性を高めるために変えることは、「宮城県沖地震を想定した強震動評価」(地震調査委員会, 2005)において実績がある。テスト7については、震源の特性化(レシピ)に沿っておらず、参考のために示したものである。図7.2-11に改めてテスト4、6、7の結果と観測波形と比較して示す(テスト6については、波形形状から図7.2-8の上図のものを選択した)。また、各テスト(テスト1〜6)の断層パラメータの一覧を表7.2-1に示す。
 テスト4、6の計算波形の最大振幅は、ケース1の計算波形の最大振幅と比べると小さい。
 一方、ケース1の震度分布は、震源域から見て南西方向の地域(JMA宮崎地点もこの地域に位置する)が、ディレクティビティ効果により大きめの震度となっており、1968年日向灘地震時の震度分布と比べると、やや過大な評価と見積もられる(図6.2-9, 10 参照)。したがって、ケース1の震源をテスト4もしくはテスト6の震源と置き換えても、計算波形の振幅がケース1に比べてやや小さくなる可能性はあるものの、問題ないと考えられる。また、観測記録との波形形状(特に2つのピークの生成)を比較すれば、テスト6が今回のテストの中では最も調和的と考えられる。そこで、このテスト6をケース1の一部異なる設定のケースとし、ケース1Aと表記することとする。

7.3 ケース1およびケース1Aの計算結果と観測記録との比較

 前節で述べたように、JMA宮崎地点の観測記録との比較検討から、観測波形との調和を考慮して、断層パラメータについて、4章で述べた「海溝型レシピ」に沿った設定(ケース1)とは一部異なる設定を行った“ケース1A”を設定した。
 前節の比較検討の際には、統計的グリーン関数法による計算結果を用いたが、ここでは、このケース1Aについて詳細法(ハイブリッド合成法)の計算を行い、JMA宮崎地点以外の観測記録も含めて比較を行った。

 7.3.1 気象官署の観測記録との比較

 気象官署の観測記録との比較は、上記JMA宮崎地点およびそのほかの4地点(延岡測候所(JMA延岡地点)、清水測候所足摺分室(JMA足摺地点)、宇和島測候所(JMA宇和島地点)、大分地方気象台(JMA大分地点))の計5地点について、1倍強震計による観測記録(気象紙の複写記録)と、ハイブリッド合成法による計算結果(計算波形)との比較を行った。図7.3-1に比較を行った観測地点の位置図を示し、図7.3-2にケース1およびケース1Aの震源断層モデルを示す。
 計算結果と観測記録を比較したものを図7.3-3図7.3-12に示す。これらの図において縦・横軸(振幅・時間)は、計算波形と観測波形がほぼ同じになるように調整した。なお、計算波形は、すべて詳細法工学的基盤面上での波形であり、表層地盤については考慮していないものである(つまり、詳細法工学的基盤の計算波形と、地表の観測波形を比較していることに留意が必要)。また、計算波形は、1倍強震計の特性に合うように補正した上で、観測波形の極性と対応させて示した。

(1)JMA宮崎地点(図7.3-3, 図7.3-4

 前節での検討結果と同様、観測波形に見られる2つのパルス状のピークが、ケース1Aでは見られるが、ケース1では顕著には見られない。ケース1および1Aとも計算波形の後半部には、深部地盤構造に起因する表面波と思われる波が続いており、ケース1Aの方がその振幅は小さいが、それでも観測波形に見られる後続波の振幅より大きい。

(2)JMA延岡地点(図7.3-5, 図7.3-6

 計算波形と観測波形の波形形状は、かなり調和的となっている。振幅レベルを考慮すると、ケース1Aの方がより調和的と判断される。

(3)JMA足摺地点(図7.3-7, 図7.3-8

 ケース1Aについては、計算波形と観測波形の波形形状は、かなり調和的となっている。一方、ケース1の計算波形は、観測波形に比べてかなり振幅が小さく、観測波形を説明するのは難しいと判断される。

(4)JMA宇和島地点(図7.3-9, 図7.3-10

 ケース1および1Aとも主要動部分は、計算波形は観測波形と調和的であるが、後続波の部分はやや性状が異なる傾向を示している。振幅レベル等を考慮すると、ケース1Aの方がケース1よりも若干調和的と判断される。

(5)JMA大分地点(図7.3-11, 図7.3-12

 観測波形では、他の観測点に比べて短周期成分が多く含まれているが、ケース1および1Aともそれほど短周期成分は含まれておらず、かつ振幅レベルも小さい。大分地点の観測波形は、他の地点の観測波形と異なった波形形状を呈しており、本地点周辺の局所的な地下構造(深部・浅部)の影響も考えられる。

 以上の比較によれば、計算波形と観測波形の波形形状全体としての調和性を考えると、ケース1Aの方がより調和的であり、1968年日向灘地震を想定したケースとしては、ケース1Aの方がより説明性が高いと言える。ただし、JMA大分地点については、ケース1,ケース1Aとも観測波形との調和性が乏しく、局所的な地盤構造の影響等について、今後の検討が必要である。

 7.3.2 細島観測点の観測記録との比較

 前項までにおいては、計算波形との比較として、気象官署の観測記録(1倍強震計の観測波形)との比較を示してきた。一方、1968年日向灘地震においては、別途港湾地域強震観測による観測記録(数値データによる加速度波形)が得られている。ここでは、この港湾地域強震観測による観測記録のうち、詳細法計算領域内で震源に近い観測点である、細島観測点における観測記録との比較を行った(観測点の位置は図7.3-1参照)。
 図7.3-13図7.3-16に細島観測点における1968年日向灘地震の観測波形とケース1およびケース1Aの計算波形を示す。
 同図には、観測波形、工学的基盤における波形、応答計算によって求めた地表の波形、および地表の計算波形に計器補正を施した波形をフーリエスペクトルとともに表示してある。
 さらに、これらの波形から求めた、擬似速度応答スペクトル( =5%)を図7.3-17に示す(スペクトルはいずれも地表の2成分を示す。なお、観測記録の3秒付近より長周期側については、観測波形に見られるドリフト等の影響が考えられるため、比較対象外とした)。
 なお、地表の計算波形については、観測地点の柱状図(図7.3-18)より設定した地盤モデル(表7.3-1)を用いてDYNEQ(吉田ほか,1996)によって等価線形応答計算を行った。地盤モデルの設定にあたっては、S波速度は太田・後藤(1978)の式を用いて設定し、密度の設定は道路橋示方書・同解説X耐震設計編 (1990)を参照し、動的変形特性については今津・福武(1986a,b)による結果を用いた。また、計器補正は後藤ほか(1978)によりSMAC-B2相当の波形になるように補正を施した。等価線形応答計算について、深さ方向の最大加速度、最大せん断ひずみ、最大せん断応力の分布を図7.3-19および図7.3-20に示す(2成分のうちEW成分を図示した)。
 一方、観測記録については、観測波形の観測成分がNS・EW方向ではないため、観測波形を回転させてNS・EW成分に一致させ、計算波形と比較するものとした。ただし、波形回転の際には、2成分の観測波形が完全に同時刻であると仮定して行った。回転前のオリジナル波形と回転後の波形(いずれも40秒までを表示)を図7.3-21に示す。
 観測波形については、初動および主要動の始まる部分が含まれていないと考えられるが、記録開始部分付近でも加速度値が大きくなっており、記録全体として2つのピークが存在するとも見られる。一方、計算波形については、ケース1では1つのピークしか見られないが、ケース1Aでは波形全体として2つのピークを有しており、波形形状は似たような形状を呈している。
 振幅レベルについては、計算波形の最大加速度値はケース1Aの方が大きく、ケース1よりも観測記録に近いが、それでも観測波形の3/4程度の大きさに留まっている。
 擬似速度応答スペクトルについては、観測記録では1秒強付近にスペクトルの高まりが見られ、ケース1Aでも同様の周期にスペクトルの高まりが見られる。ケース1では0.9秒付近にスペクトルの高まりが見られ、観測記録とは若干異なっている。振幅レベルにやや違いが見られるものの、スペクトル形状全体としては、ケース1Aの方が観測記録に近い形状を示している。
 さらに参考として、定量的な指標による比較として、計算波形および観測波形から、下式によるSI値(Housner(1952,1965)参照)および計測震度を求めて比較した。

:減衰定数 における擬似速度応答スペクトル
:周期

 表7.3-2および表7.3-3に算出した結果を示す(SI値については、ここでは速度応答スペクトルからSI値を算出し、観測記録の値に対する比で表示した。また、計測震度は気象庁(1996)により求めたが、計算波形では上下成分が計算されていないため、上下成分は全て0として求めた)。
 振幅レベルと同様計算結果は観測記録より値がやや小さめとなっているが、ケース1Aの方がより観測記録に近いものとはなっている。
 以上のような波形形状やスペクトル形状等による比較検討によれば、細島観測点についても、ケース1Aの計算結果の方がケース1に比べて、観測記録とより調和的な結果となっていると考えられる。

 7.3.3 震度分布および距離減衰式との対応による比較

 前項までにおいて、計算結果と観測記録との比較を行ったが、これらは限られた観測点で得られた記録を基に比較検討したものである。ここでは、面的な分布等に着目して震度分布および距離減衰式との対応について、ケース1およびケース1Aの計算結果を比較する。

(1)震度分布との比較

 6章の計算結果(6.2.1項参照)で示したように、1968年日向灘地震においては、気象官署において震度が観測されている。
 図7.3-22にケース1およびケース1Aの地表における震度分布と、1968年日向灘地震の際の震度分布を示す。
 同図によれば、宮崎県地域については、地震時の観測震度は震度4〜5(震度5は延岡測候所)となっているが、計算結果はケース1では、主として海岸部および一部内陸に向かって震度5強となる地域がかなり分布し、宮崎市付近でも震度5強となっている。一方、ケース1Aでは、ケース1に比べて震度5強となる地域は限定され、主として県北部の海岸部に分布し、一部県南部の海岸部に点在する程度となっている。
 四国側については、地震時の観測震度は震度4〜5(震度5は宿毛測候所)となっているが、計算結果はケース1では、離島を除くと震度3〜5弱となっており、高知県南西部の一部で震度5弱となる地域が分布するが、四国中央部では、震度3の地域が広がっている。一方、ケース1Aでは、震度4〜6弱となっており、高知県南西部で震度5強、震源に近い高知県の沖ノ島付近で震度6弱となっており、四国中央部では震度4となっている。
 上記のように、震度分布で比較すると、宮崎県側では、ケース1は観測された震度分布よりも大きめとなっており、ケース1Aの方が観測された震度に近い分布を示している。また、四国側では、計算領域の四国中央部以西全体については、観測された震度分布とケース1Aの震度分布はほぼ対応しているが、高知県南西部の震源近傍地域では、ケース1Aは大きめという結果となっている。全体的に見れば、ケース1Aの震度分布の方が、高知県南西端で震度がやや大きめという点はあるものの、ケース1の震度分布よりも1968年日向灘地震時の震度分布により近い震度分布となっていると言える。

(2)距離減衰式との対応比較

 距離減衰式との対応についての比較は、6.2節と同様、司・翠川 (1999)の距離減衰式との対応について比較を行った。
 図7.3-23に距離減衰式との比較を示す。なお、距離は断層最短距離を用いており、図中の距離減衰式の曲線は、平均値と平均値±σの曲線を示している。
 ケース1については、計算結果は、全体的に距離減衰式の平均値±σの範囲、および平均値−σ以下の範囲にデータが分布しており、平均値−σ以下となっているデータは、断層からの距離にあまり依存せずに多く分布する。一方、ケース1Aについては、断層からの距離が近い部分で、平均値+σをやや超えるような大きめとなるデータも見られるが、全体的には平均値±σの範囲におさまっており、距離減衰式の傾向と良い対応を示している。

 以上に示したように、ケース1およびケース1Aの計算結果を震度分布および距離減衰式との対応という観点で比較すると、ケース1Aの方がより説明性が高いケースであると言える。


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