3.4 深部地盤構造モデル

 3.4.1 深部地盤構造モデル作成の手順

 中央構造線断層帯(金剛山地東縁−和泉山脈南縁)を起震断層とする地震動予測地図を作成する目的で、中国地方東部、四国地方中央部〜近畿地方〜中部地方西部にかけての地域の深い地盤構造モデルを検討した。
 検討地域のうち、近江・京都・奈良盆地および大阪平野については「琵琶湖西岸断層帯」で、姫路、岡山、香川の各平野部については「山崎断層帯」で深い地盤構造モデルを作成している。また、濃尾平野は愛知県(2003)、伊勢平野は三重県(2003)がモデルを作成している。
 本検討では、モデル未作成の紀伊半島〜四国地域の深い地盤構造モデルを作成し、既往モデルとつなぎ合わせることにより、中四国から中部地方にかけての深い地盤構造モデルを検討した。
 なお、上記「琵琶湖西岸断層帯」および「山崎断層帯」における深部地盤構造モデル作成の詳細は、それぞれ既刊されている防災科学技術研究所研究資料(防災科学技術研究所、2005, 2006)を参照されたい。

 3.4.2 文献の収集・整理

 図3.4-1に文献位置図を示す。紀伊半島、四国、および紀伊半島・四国沖海域の文献について述べる。

(1)紀伊半島

 紀伊半島では文献8(吉井ほか,1990)の屈折法地震探査があるが、観測データのみで速度構造図は公表されていない。紀ノ川沿いのMTLを南北に横断する反射法地震探査として、文献11(吉川ほか,1992)がある。吉川ほか(1992)によると、MTLは北に緩く傾斜しており、MTLを境として和泉層群と鮮新−更新統が接している。鮮新−更新統の厚さは約750mである。
 紀淡海峡では文献15(横倉ほか,1998)の反射法地震探査がある。これによると、鮮新−更新統の厚さは約2,100mである。佃(1997)は淡路島南方海域で空中重力探査を行っている。これによると、淡路島南方の沼島(ぬしま)から徳島県小松島市にかけて、北東−南西方向の高重力異常がある。これを境にして、鮮新−更新統の堆積盆地は東側の紀淡海峡〜和歌山平野と西側の鳴門海峡〜徳島平野に分かれる。

(2)四国

 四国では文献5(伊藤ほか,1982)、6(伊神ほか,1982)、7(井上ほか,1984)、26(蔵下ほか,2002)などの屈折法地震探査がある。これらの探査は地殻構造探査を目的としたものであり、地震基盤より上位の速度構造は分解能が悪い。このため、深い地盤構造モデルの検討にあたっては、速度データとしては使用しなかった。
 四国のMTL沿いの反射法地震探査として、文献13(佃・佐藤,1996)、14(伊藤ほか,1996)、17(池田ほか,2003)がある。伊藤ほか(1996)の反射法地震探査によると、MTLは約45゜北へ傾斜しており、和泉層群と鮮新−更新統(土柱層)が接しており、鮮新−更新統の厚さは約600mである。和泉層群と領家帯の境界は、約30゜南に傾斜しており、深部でMTLに切断される。和泉層群の厚さは約3,000mである。和泉層群は四国から紀伊半島中部にかけて、MTLの北側に東北東−西南西方向に細長く分布している。他の地域における和泉層群の形状は、本論文に基づいて推定した。
 徳島平野の地下構造は佃・佐藤(1996)森野ほか(2001)により検討されている。MTLは阿讃山地と徳島平野の地形境界から500m〜1km南側をとおる。既存ボーリングによると、MTLから北側では10〜50mの深さで和泉層群に達するが、南側では鮮新−更新統の厚さは約1,500mである。

(3)紀伊半島・四国沖海域

 海底地震計による地震探査があるが、速度構造断面が公表されているのは文献19(西坂ほか,1997)、20(Sato et al., 1998b)、24(Kodaira et al., 2000a)、25(Kodaira et al., 2000b)である。

 3.4.3 地質構造モデルの作成

 紀伊半島〜四国にかけては、多数の屈折法地震探査があるが、これらは地殻構造探査を目的としたものであり、地震基盤より上位の速度構造は分解能が悪く、地震基盤より上位の速度構造モデルを作成する際のデータとはならない。そのため、反射法地震探査と地質解釈により地質構造モデルを作成した。
 紀伊半島〜四国の大部分は基盤岩類が露出した山地よりなる。主な堆積岩類はMTL沿いに分布している和泉層群と鮮新−更新統である。

(1)和泉層群の分布

 伊藤ほか(1996)に示される構造が東西方向に続くと考え、和泉層群の三次元的な分布を推定した。

(2)鮮新−更新統の分布

 紀伊半島の紀ノ川沿いでは、東から西へ鮮新−更新統の層厚が厚くなる。根来断層付近で厚さは約750m(吉川ほか,1992)であり、紀淡海峡で最大約2,100m(横倉ほか,1998)になる。これらのデータを基に、本層の厚さを東西方向に比例配分的に変化させて面的な分布を推定した。
 四国の吉野川沿いでは、西から東へ鮮新−更新統の層厚が厚くなる。沖積低地西端の池田町で76m(岡田,1968)、父尾断層付近で約600m(伊藤ほか,1996)、徳島平野で約1,500m(佃・佐藤,1996森野ほか,2001)である。吉野川沿いについても紀ノ川沿いと同様、厚さを東西方向に比例配分的に変化させ面的な分布を推定した。
 愛媛県の西条市では、川上断層と岡村断層に挟まれた地域がプルアパートベイズンをなし、鮮新−更新統が約500mの厚さで分布している(西条市地下水調査資料)。

(3)紀伊半島・四国沖海域

 Kodaira et al.(2000a, 2000b)、西坂ほか(1997)の速度構造断面に基づいてモデルを作成した。これらの速度構造断面では、新第三紀〜第四紀の堆積岩類と付加体は明瞭に区分されていない。そのため、地質的な解釈は避けて、速度層境界としてモデルを検討した。

 3.4.4 速度層区分

 紀伊半島〜四国では、地殻構造探査を除いて速度値に関する文献はない。周辺地域の物性値を参考にして、地質とP波速度の関係を検討した。

(1)周辺地域における深い地盤構造モデルの物性値

 表3.4-1に既往資料による大阪平野、京都盆地、近江盆地、および濃尾平野の物性値を示す。

  1. 大阪平野
     香川ほか(2003)による。当地域は、基盤岩類の上に大阪層群が分布している。モデルでは大阪層群を3層(速度層1〜3)に区分されている。
  2. 京都盆地
     京都市(2003)による。当地域は、反射法地震探査により、地質構造モデルを作成し、地層の堆積年代・深度とP波速度の関係から、速度値を設定している。このモデルは地層の堆積年代と深度の積とP波速度の関係式で表されるが、今回設定する速度値に相当する深度を求め、モデルに取り込んだ。
  3. 近江盆地
     「琵琶湖西岸断層帯」で作成した深部地盤構造モデルによる。当地域は、鮮新−更新統を3層に区分している。
  4. 濃尾平野
     愛知県(2003)による。反射法地震探査結果などから地質構造モデルを作成し、地層ごとに深度とP波速度の関係式を求め、速度値を設定している。今回のモデル作成に用いる速度と深さは、今回設定する速度値に対応する深度を関係式から求め、モデルに取り込んだ。
  5. 伊勢平野
     三重県(2003)による。当地域では、微動アレイ探査を実施し、重力データを参考に地震基盤相当層の深度分布図を作成している。しかし、地震基盤より上位の地層のモデル化がなされていないため、地震基盤データのみを取り込んだ。

(2)紀伊半島〜四国の速度層区分

  1. 地震基盤
     近江盆地、大阪平野、および中国地方では、地震基盤のP波速度は5.2km/sに設定されている。四国における地殻構造探査によると、地震基盤のP波速度は5.5〜6.1km/s(青木・村松,1974市川,1968伊神ほか,1982井上ほか,1984伊藤ほか,1982木村,1979)である。基盤岩類の種類により地震基盤のP波速度は異なるものと考えられるが、周辺地域の速度も考慮し、5.2km/sとする。
  2. 和泉層群
     伊藤ほか(1996)吉川ほか(1992)およびHi-netによると、和泉層群のP波速度は2.7〜4.2km/sの範囲内にあり、新鮮部では3.5〜4.0km/s程度である。
  3. 鮮新−更新統
     紀伊半島〜四国における鮮新−更新統についての速度データはない。当地域に分布する土柱層および相当層は、大阪層群に対応する地層と考えられるため大阪平野における速度層区分(香川ほか,2003)に準ずる。

 表3.4-2に各地域で用いられている速度層区分を示す。紀伊半島〜四国の深部地盤構造モデルは、周辺地域を含めたモデルとするため、大阪平野、京都盆地、近江盆地、濃尾平野で設定されたすべての速度層を使った区分とした。速度層は1〜9であり、細分されているように見えるが、速度層1〜5は各地域における鮮新−更新統の区分である。

 3.4.5 山地における基盤岩類の風化帯の設定

 KiK-netおよびK-NETにより、山地部の風化帯の厚さを検討した。図3.4-2に山地部におけるP波速度と深度の関係を示す。図には「山崎断層帯」を対象とした、中国地方と紀伊半島〜四国の関係図も示してある。両地域ともほぼ同様の関係になったため、「山崎断層帯」と同じに設定した。

 3.4.6 物性値の設定

 図3.4-3にP波とS波速度の関係図を示す。図には「山崎断層帯」を対象とした中国地方と「中央構造線断層帯(金剛山地東縁−和泉山脈南縁)」を対象とした紀伊半島〜四国の関係式を示しているが、両者はほぼ同じ関係になる。
 P波速度とS波速度の関係式は次のとおりである。

2.0km/s未満 : = 0.1620 +0.0836
2.0〜5.0km/s : = 0.5656 -0.5377

 地震基盤のS波速度は、山崎断層帯で設定している3.1km/sとした。密度はLudwig et al. (1970) の関係図(図3.4-4)から求めた。
 紀伊半島〜四国を含む中国地方東部から中部地方西部地域の物性値を表3.4-3に示す。

 3.4.7 3次元速度構造モデルの作成

 図3.4-5 (1)(8) に各速度層上面標高のコンターを示す。また、図3.4-6 (1)(5) に南北方向の断面図を示す。
 海域を除く地震基盤の最深部は、MTLの北側に位置し、東西方向に細長くのびる。これは和泉層群の分布と一致する。
 P波速度3.3km/s層上面(鮮新−更新統の基底)は、和歌山平野、徳島平野のMTLに沿って、1,500〜2,000mと深くなっている。
 図3.4-7に浅いボーリングデータによる工学的基盤(N値50以上の上面)の深度コンター図、図3.4-8に使用したボーリングデータ位置図を示す。工学的基盤は、浅いボーリング資料を収集・整理し、N値50以上が3回連続する深さを工学的基盤とした。


← Back Next →