7.問題点と今後の課題

7.1 問題点

 本検討での計算結果等に関する問題点を以下に挙げる。

 アスペリティや破壊開始点の位置は地表における強震動予測結果に大きく影響する(地震調査委員会, 2003a, b; 2004a, b )。しかし、情報の不足等により、モデル1、2、3については、破壊開始点を確定的に扱えなかった。そこで、モデル1、モデル3では、地盤増幅効果に加えてディレクティビティ効果 により、瀬戸内海沿岸地域で揺れが大きくなると予想される位置に破壊開始点を設定した。モデル2では複数のCASEを想定した。また、モデル5については、アスペリティや破壊開始点の位置、傾斜角や断層の種類についての情報が得られなかったので、「長期評価」やレシピを参照して平均的なCASEを想定した。
 アスペリティの総面積、および応力降下量は、強震動予測結果に大きく影響する(地震調査委員会, 2004b)。ここでは、レシピの改良を目的として、長大な震源断層モデルとなるモデル1に対し、試行CASEとして、別途3CASEの震源断層モデルを設定した。その結果、セグメント分けをした場合(CASE1−2)では、レシピに従って震源断層パラメータを設定したため、アスペリティの総面積や応力降下量はCASE1−1とほぼ同じとなり、従って強震動予測結果もCASE1−1と大差がなかった。アスペリティの面積を震源断層全体の面積の約22%とするだけの場合(CASE1−3)では、強震動予測結果がCASE1−1に比べて大きめに評価された。アスペリティの総面積を震源断層全体の面積の約22%とし、これとFujii and Matsu'ura (2000)により推定されている震源断層全体の平均応力降下量3.1MPaから、アスペリティの応力降下量と震源断層全体の平均応力降下量に関する理論式によりアスペリティの応力降下量を推定した場合(CASE1−4)では、既往の研究事例や強震動予測結果から乖離しない震源断層パラメータや予測結果が得られた。ただし、ここで用いた震源断層全体の平均応力降下量3.1MPaは、長大な横ずれ断層の巨視的震源特性に関する経験式として、限られたデータに基づき、地震発生層の剛性率を40GPa、断層幅を15kmとする等、いくつかの条件下で導出された値である。したがって、例えば、これらの条件と大きく異なる震源断層を想定する必要がある場合には、3.1MPaをそのまま適用できない可能性がある。
 「深い地盤構造」の三次元地下構造モデルの構築にあたっては、物理探査の結果を中心に可能な限りの情報収集を行ったが、今回の評価対象地域は、一部を除き、調査等が十分には実施されていないため、十分な情報が得られなかった。また、本断層帯が位置する中国山地周辺で基盤岩が露出している地域については、風化帯を設定したが、このための情報も十分ではなかった。したがって、このように調査結果等の資料が非常に限られている地域に対する三次元地下構造モデルの構築にあたっては、いくつかの仮定が必要となった。
 地表における最大速度や震度を精度よく求めるには、「浅い地盤構造」についても一次元地下構造モデルを作成し、これを用いて算定される地表における時刻歴波形から推定することが望ましい。
 しかし、ここでは地表における時刻歴波形を求めるだけの十分な地盤調査データが得られていないことより、一次元地下構造モデルの作成は行わず、微地形区分(約1km四方のメッシュごとの情報)を利用した経験的な方法を用いた。また、地表の計測震度も、経験式を用いて地表の最大速度より換算して求めた。

7.2 今後の課題

 個々の断層帯について想定したアスペリティや破壊開始点の位置は、必ずしも確定的なものではない。特に、モデル1〜3では破壊開始点の位置、モデル5(那岐山断層帯)では、アスペリティや破壊開始点の位置、傾斜角や断層の種類についての情報が得られなかった。より信頼性の高い強震動予測を行うためには、例えば、深部構造探査等、これらの震源断層パラメータをより正確に推定するための継続的な調査研究が必要である。
 アスペリティと破壊開始点の位置は、地表の地震動に大きな影響を与えることが報告されている(地震調査委員会, 2003a, b; 2004a, b )。本検討でも、大原断層・土万断層・暮坂峠断層(モデル2)に対して、2CASEを想定することにより、破壊開始点の違いが強震動予測結果に与える影響について検討した。また、モデル3において破壊開始点をアスペリティの南東下端に配置した場合に、震源断層モデルの北西延長に位置する評価領域で推定される強震動は、モデル4で得られる結果にほぼ相当すると考えられるため、これらの領域について、両モデルの強震動予測結果を比較した。アスペリティと破壊開始点の位置等、情報の不足等により現状において確定的に扱えない震源断層パラメータに対しては、このような震源断層パラメータによる強震動予測結果のばらつきの大きさを把握しておくことが、強震動予測結果に対する評価・判断を行う上では非常に重要である。
 震源断層の長さが震源断層の幅に比べて十分に大きい長大な断層に対するレシピの改良を目的として、モデル1に対して、

  1. :2つのセグメントに分割(CASE1−2)
  2. :震源断層全体の面積に対するアスペリティの総面積の比率を約22%(CASE1−3)
  3. :2. とFujii and Matsu'ura (2000)による震源断層全体の平均応力降下量3.1MPaから、Madariaga (1979)の理論式を用いてアスペリティの応力降下量を推定(CASE1−4)

の3CASEについて試行的に検討した。その結果、CASE1−4では、モデル1のように長大な断層に対しても、既往の研究と同程度の応力降下量が推定でき、レシピに従った結果と同程度の強震動予測結果が得られた。ただし、CASE1−4で用いた震源断層全体の平均応力降下量 3.1MPa は、その適用範囲や適用条件について十分な検討が行われていない 。また、CASE1−2で行ったセグメント分けについては、例えば、粟田(2004)、遠田(2004)によるカスケード地震モデル等、新しいモデルが提案されているが、現時点では研究段階にある。以上のように、長大な断層に対する震源断層のモデル化やパラメータの設定方法については、調査研究に必要なデータが不足していることもあり、研究途上の段階にある。今後はそれらの研究成果を取り入れながら、ここで検討した方法の検証も行うことにより、レシピの改良を進めていく必要がある。
 また、より精度の高い強震動予測を行うためには、中小地震観測記録を用いた手法や深部地盤構造探査などにより、今後さらに地下構造(「深い地盤構造」、および「浅い地盤構造」)に関する情報を充実させ、詳細な地下構造モデルを構築していく必要がある。


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