6.5 「詳細法」(ハイブリッド合成法)による強震動予測結果

 詳細法(ハイブリッド合成法)の計算手順を以下に記す。

 6.5.1 計算手順

手順[1]:深部地盤上面における波形計算

 深部地盤上面における波形をハイブリッド合成法により求める。ハイブリッド合成法は、長周期成分を理論的方法(Aoi and Fujiwara (1999)による不等間隔格子有限差分法)により、短周期成分を統計的グリーン関数法(壇ほか (2000))によりそれぞれ計算し、合成する方法である。

手順[2]:工学的基盤における波形計算

 深部地盤の上面のS波速度( )は550m/sから3460m/sまで変化する。本検討では、 = 550m/sに至る層の上面を工学的基盤と定義した。したがって、工学的基盤での波形といえば、 = 550m/s層のあるところでは = 550m/s層上面の波形を指し、 = 550m/s層の無いところでは、その下層部層の = 590m/sが上部に存在すると仮定した。 = 590m/s層もない場合は、薄く = 590m/sが堆積していると仮定した。

手順[3]:地表における最大速度の計算

 工学的基盤から地表までの最大速度増幅率を算定し、これを詳細法による工学的基盤での最大速度に乗じて地表における最大速度を求める。
 工学的基盤から地表までの最大速度増幅度は、3章の地下構造モデルの設定で作成された地盤モデルと簡便法における標準地盤(S波速度400m/s相当)から地表までの増幅度に、工学的基盤( = 550m/s)から簡便法基準地盤( = 400m/s)までの増幅度の補正係数を乗じて求める。増幅度の補正係数は、松岡・翠川 (1994)による表層地盤の最大速度増幅度算定式(6-1)式にそれぞれのS波速度を代入して算定された最大速度増幅度の比とする。すなわち補正係数は

(工学的基盤のS波速度/400)0.66

で算定される。本検討では = 550m/sから = 400m/sまでの増幅倍率(6-1)式より1.23倍と計算している。

   (6-1)

ここで、

: 地下30m から地表までの最大速度増幅度
: 地下30m から地表までの平均S波速度(m/s)

手順[4]:地表における計測震度

 計算された地表最大速度より、次の(6-2)式に示す翠川ほか (1999) による最大速度と計測震度の経験的関係式を用いて、計測震度相当値を算定した。

   (6-2)
: 計測震度
: 地表最大速度(cm/s)

 なお、翠川ほか (1999) では の式と の2つの式が提示されているが、 の式は低震度データが強く反映され高震度データがあまり反映されない怖れがあり、かつ計測震度と旧気象庁震度との関係のばらつきも高震度になるほど小さくなる傾向があるため、比較的震度の大きな地域での地震動をより精度良く評価することが重要と考え、 の式を選定した。

 6.5.2 ハイブリッド合成法による「詳細法工学的基盤」上の時刻歴波形、および擬似速度応答スペクトル

 「詳細法」の評価範囲の全地点について、有限差分法と統計的グリーン関数法による計算結果にマッチングフィルターを施した後に合成することによって(ハイブリッド合成法)、「詳細法工学的基盤」上の時刻歴波形が計算される。図6.19図6.24に、岡山市役所(岡山県)・津山市役所(岡山県)・鳥取市役所(鳥取県)・大原町役場(岡山県)・山崎町役場(兵庫県)・姫路市役所(兵庫県)・福崎町役場(兵庫県)・三木市役所(兵庫県)・神戸市役所(兵庫県)・大阪市役所(大阪府)のそれぞれに最も近い10評価地点について、ハイブリッド合成法によって計算された各CASEの波形を、また、図6.25図6.30には減衰定数5%の擬似速度応答スペクトルを示す。

 1) モデル1(CASE1−1)

 震源断層の長さが80kmと長大であることから、全体的な傾向として、継続時間が他のモデルに比べて長くなっている。各評価地点で比べてみると、破壊進行方向と反対方向に位置する津山市役所、鳥取市役所(に最も近い評価地点、以下、同様)等では、短周期成分が卓越し、継続時間が長い。一方、震源断層モデル直上、あるいは破壊進行方向と同じ方向に位置する福崎町役場、三木市役所、神戸市役所等では、相対的に継続時間は短く、第1アスペリティの影響によると考えられる周期2〜4秒程度の明瞭なパルス波が認められる。第2、第3アスペリティに対しては、アスペリティの面積が第1アスペリティに比べて小さい(2分の1)ため、短周期成分が卓越した波形となっている。大阪市役所では、「深い地盤構造」の影響と見られる長周期成分が卓越した後続波が長時間継続している。また、震源断層の南側にある姫路市役所では、アスペリティに対応した明瞭な3つの波群が確認できる。岡山市役所では、0.8秒付近に明瞭なピークが見られ、同地域における「深い地盤構造」の影響と考えられる。破壊開始点直上に位置する大原町役場では、地表の地盤が固く、地震基盤が非常に浅いこともあり、0.2秒程度と短周期成分が卓越した地震波となっている。

 2) モデル2(CASE2−1、CASE2−2)

 CASE2−1の場合、全体的な傾向はCASE1−1と同じである。ただし、震源断層の長さが52kmとやや短いため、継続時間も短くなっている。また、CASE1−1と同様に、震源断層モデル直上、あるいは破壊進行方向と同じ方向に位置する福崎町役場、三木市役所、神戸市役所では、第1アスペリティの影響によると考えられる明瞭なパルス波が認められるが、第1アスペリティの面積が小さくなったため、卓越周期は1.5秒〜3秒程度とやや短周期側に移行している。大阪市役所では、「深い地盤構造」の影響と考えられる長周期成分が卓越した後続波が、CASE1−1に比べてより顕著に現れている。
 CASE2−2の場合、破壊進行方向と同じ方向に位置する津山市役所では、CASE2−1に比べて継続時間が短く、第1アスペリティの影響によると考えられる周期2〜3秒程度の明瞭なパルス波が認められる。一方、破壊進行方向と反対方向に位置する福崎町役場、三木市役所、神戸市役所では、相対的に継続時間が長く、CASE2−1の場合に見られた周期2〜4秒程度のピークが小さくなっている。大阪市役所においても、同様に周期2〜4秒程度のピークが小さく、CASE1−1、CASE2−1と比較して、短周期成分が卓越した地震波となっている。岡山市役所では、CASE1−1同様に、0.8秒付近に明瞭なピークが見られ、同地域における「深い地盤構造」の影響と考えられる。

 3) モデル3

 モデル3の場合、モデル2のCASE2−1とほぼ同様の傾向を示す。神戸市役所では、破壊進行方向と同じ方向に位置する場合のディレクティビティ効果が認められる。

 4) モデル4

 モデル4の場合、破壊進行方向と同じ方向に位置する福崎町役場や山崎町役場では、ディレクティビティ効果により、長周期成分の振幅がモデル3に比べて大きい。また、破壊進行方向と逆の方向に位置する神戸市役所では、モデル3で見られた長周期のピークが認められず、逆に短周期側の振幅が増幅している。三木市役所や姫路市役所でも、同様にモデル3に比べて短周期成分の振幅が大きくなっている。

 5) モデル5

 モデル5の場合、津山市役所では、CASE1−1やCASE2−1に比べて短周期側にピークが認められる。震源断層周辺の地点では、継続時間が非常に短く、津山市役所と同様に短周期成分が卓越している。
 なお、統計的グリーン関数法では、P波は考慮されていない。したがって、ハイブリッド合成後の波形のS波到達時間よりも前(P波初動付近)は、有限差分法のみにより計算されており、接続周期に相当する周期1秒以上の長周期成分しか有していない。

 6.5.3 ハイブリッド合成法による「詳細法工学的基盤」上の最大速度分布

 各CASEの「詳細法工学的基盤」上での最大速度の分布を比較する(図 6.316.33 参照)。地震動の最大速度は、「詳細法工学的基盤」上で求められた2成分の時刻歴波形のベクトル合成を行い、その最大値として求めている。モデル1(CASE1−1)、モデル2、モデル3、モデル5では、断層直上でも最大で 50 〜 60 cm/s 程度と、これまでの強震動予測結果に比べると小さい。これは、地震基盤から地表までの地盤構造が非常に薄いため、地震波の増幅が小さかったためである。モデル4では、ごく一部で 80 cm/s 程度と予測された。CASE1−2〜CASE1−4については、微視的震源特性の設定方法による違いを比較するために試行したCASEで、6.5.5 節で説明する。
 また、強震動予測結果の検証として、「詳細法工学的基盤」上面における最大速度を = 600m/s 相当に換算補正した値と、司・翠川 (1999)の距離減衰式(経験式)とを比較して図 6.346.35 に示す。強震動予測結果は、CASE1−1、CASE2−1、2−2については、断層近傍で全体的に小さ目の評価となっている。また、CASE2−2では、震源断層からの最短距離で 70 km 〜 100 km において、距離減衰式を大きく上回る地点が見られる。これは、ディレクティビティ効果等の影響によると推察される。その他のCASEは、全体的に距離減衰式と良い対応を示している。

 6.5.4 ハイブリッド合成法による地表の最大速度分布、および震度分布

 図 6.31図6.33で示した各CASEの「詳細法工学的基盤」上での最大速度に、「浅い地盤構造」による増幅率を乗じて、地表における最大速度を求めた結果を図 6.36図 6.38に示した。また、これらの最大速度より換算して求めた地表の震度分布を図 6.39図 6.41に示した。ここでは、図 6.39図 6.41を中心に説明する。

 1) モデル1(CASE1−1)

 図 6.39(上)は、モデル1のCASE1−1の地表における震度分布図である。大原断層、土万断層、および山崎断層帯主部の南東部の震源断層近傍では、概ね震度6弱〜震度5強と予測された。ただし、安富断層周辺では、断層近傍でも震度5強に留まっている。また、姫路市東部から三木市にかけて、および神戸市の沿岸地域でも震度6弱が予測された。

 2) モデル2

 図 6.40(中)は、モデル2の地表における震度分布図(CASE2−1、2−2)である。CASE2−1では、CASE1−1とほぼ同様の傾向を示すが、山崎断層帯主部の南東部が含まれないため、同断層帯の周辺では、震度5強〜震度5弱と予測された。CASE2−2では、震源断層周辺の震度分布についてはCASE2−1との大きな差異は見られない。震源断層からやや離れた鳥取県西部の倉吉平野周辺では、ディレクティビティ効果 と「深い地盤構造」、「浅い地盤構造」における地震波の増幅により、概ね震度5強〜震度5弱、ごく一部で震度6弱が予測された。一方、神戸市の沿岸では、破壊進行方向と逆方向に位置するため、震度5弱〜震度4に留まった。

 3) モデル3・モデル4

 図 6.41は、モデル3(上)、モデル4(中)の地表における震度分布図である。モデル3では、震源断層近傍において、概ね震度6弱が予測された。また、姫路市東部のごく一部の地域で震度6強以上、神戸市の沿岸地域でも震度6弱が予測された。モデル4では、震源断層近傍で概ね震度6弱、一部で震度6強以上が予測された。モデル3で震度6弱が予測された神戸市の沿岸地域では、破壊進行方向と逆方向に位置するため、概ね震度5強に留まった。

 4) モデル5

 図 6.41(下)は、モデル5の地表における震度分布図である。アスペリティの直上、およびその南側で概ね震度6弱〜震度5強が予測された。
 以上の結果をこれまでの他の地震での強震動評価結果と比較すると、想定した地震規模に比べて、震源断層周辺の震度がやや小さくなっている。これは、先にも述べたが、震源断層周辺の地盤が非常に固く、「深い地盤構造」、「浅い地盤構造」を含め、地震基盤と地表の間での地震波の増幅が小さかったためである。
 なお、6.5.1で説明したように地表の最大速度から計測震度への換算は、経験的な方法((6-2)式)を用いている。この基となる統計データには計測震度 6.0 を越えるものは少ないため、計測震度 6.0 を越えるものの換算については精度が十分でないと考えられる。また、ひずみレベルが大きい場合の「浅い地盤構造」における非線形挙動の影響については評価されていないという問題もある。これに加え、強震動予測結果のばらつきの問題なども考慮に入れると、震度6強と震度7の境界を十分な精度で求められていないと判断される。

 6.5.5 震源断層パラメータの設定方法の違いが強震動予測結果に与える影響について

 モデル1に対して、「レシピ」の改良という観点から、試行CASEとして別途設定した震源断層パラメータを用いた3CASE(CASE1−2、1−3、1−4) の強震動評価結果について述べる。
 図 6.31図 6.32に3CASEの詳細法工学的基盤における最大速度分布、図 6.36図 6.37に地表における最大速度分布を示す。なお、本評価のうち、レシピに従って実施した結果は、これまでの他の地震での評価結果と比較すると、想定した地震規模に比べて震源断層周辺の最大速度(震度)がやや小さくなっている。したがって、ここでは、各CASE間の相対的な比較のみを行うこととする。

 1) CASE1−2:セグメント分けしたCASE

 最大速度分布の傾向はCASE1−1とほぼ同じである。やや詳細に見ると、第1アスペリティ(大原断層に対応する断層帯北西端部)周辺では、同アスペリティから発生する地震波の短周期レベルがCASE1−1の方が若干大きいため、最大速度もややCASE1−1の方が大きい。一方、第3アスペリティ(琵琶甲断層に対応する断層帯南東部)周辺では、逆に、同アスペリティから発生する地震波の短周期レベルがCASE1−2の方が若干大きいため、最大速度もややCASE1−2の方が大きくなる傾向が見られる。また、安富断層付近に設置したアスペリティの近傍では、アスペリティの面積や応力降下量はCASE1−1と同程度であるが、予測された最大速度は、CASE1−2の方が大きい。

 2) CASE1−3:アスペリティの総面積を震源断層全体の面積の約22%としたCASE

 最大速度分布の定性的傾向はCASE1−1とほぼ同じであるが、絶対値はCASE1−1と比べるとかなり大きく、最大で2倍程度となっている。これは、短周期レベルが他のCASEと比べて大きいこととも対応している(表4.1参照)。

 3) CASE1−4:アスペリティの総面積を震源断層全体の面積の約22%とし、震源断層全体の平均応力降下量を3.1MPaとしたCASE

 モデル1の中では最大速度が最も小さくなっている。この結果は、短周期レベルが最も小さいこととも対応している(図4.5)。また、CASE1−1やCASE1−2と比較すると、最大値は小さいが、最大速度の変化がやや滑らかになっているように見える。また、神戸市の沿岸地域の最大速度は、CASE1−1やCASE1−2に比べると大きくなっている。これは、アスペリティの面積が小さくなったことにより、アスペリティから生成されるパルス波の卓越周期が短くなったことと、神戸市周辺の深い地盤構造により地震波が増幅されたことが原因と推察される。
 以上の検討結果から、アスペリティに関する震源断層パラメータの算定方法の違いは、強震動予測結果に影響を与えることが分かった。セグメント分けを行った場合(CASE1−2)では、セグメントに設定するアスペリティの面積がCASE1−1と異なってくるが、アスペリティの総面積や応力降下量はCASE1−1とほぼ同じであるので、強震動予測結果はCASE1−1と大差がない。アスペリティの面積を震源断層全体の面積の約22%とするだけの場合(CASE1−3)では、強震動予測結果が大きめに評価された。本断層帯の場合、地震基盤が浅いことから、短周期成分の影響が顕著となるため、「石狩低地東縁断層帯の地震を想定した強震動評価」(地震調査委員会、2004b)での検討結果よりも、さらに違いが明瞭に現れたと推察される。また、震源断層全体の面積の約22%とし、さらに震源断層全体の平均応力降下量を設定する場合(CASE1−4)では、モデル1のように長大な断層に対しても、既往の研究と同程度の応力降下量が推定でき、強震動予測結果もレシピに従った結果と同程度となる。


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