4.2.2 巨視的震源特性の設定

 巨視的震源特性の設定に関して、1) 〜 3)の項目について以下のように検討した。

 1) 震源断層モデルの位置・形状

 震源断層モデルの位置については、「長期評価」による活断層位置図(図4.1参照)に設定した。長さについては、基本的に「長期評価」によったが、山崎断層帯主部の北西部(長さ約51km)、および草谷断層(長さ約13km)については、震源断層モデルの作成の都合上、それぞれ52km、および14kmとした。モデル1については、震源断層が長大であるため、全体で1つのセグメントとする場合(CASE1−1)の他に、セグメントを2つに分け、「長期評価」を参考に、大原断層・土万断層・安富断層を1セグメント(以下、第1セグメント)、南東部を1セグメント(以下、第2セグメント)とする場合も想定した(CASE1−2)。セグメントを分けた場合の特性化震源モデルの設定方法についてはレシピに従った。ただし、活断層研究において、セグメント化やグループ化に関しては、まだ議論の途上にあり、今後の研究課題となっている。

 2) 地震発生層の深さ

 地震発生層の深さについては、モデル5(那岐山断層帯)以外のモデルでは、その上限、下限を「長期評価」や微小地震の深さ分布(図4.4参照)を参考に、それぞれ3km、21kmに設定した。モデル5については、深さを設定するだけの十分な微小地震記録が得られていないことから、他の断層帯と同様に、3km、21kmに設定した。

 3) 震源断層モデルの傾斜

 震源断層モデルの傾斜角は、モデル5(那岐山断層帯)以外のモデルについては、「長期評価」により、「地下深部における断層面の傾斜が地表と同様であるとすれば断層面はほぼ垂直と推定されること」から90°とした。モデル5(那岐山断層帯)については、「長期評価」では傾斜は不明とされているが、北側が南側に対して相対的に隆起する断層であるとの記載を参考に、北側隆起の逆断層を想定し、傾斜角はレシピに従い45°とした。

 4) 震源断層モデルの面積

 まず、上記の地震発生層の上限・下限深さ、および傾斜角から震源断層モデルの幅を算定した[(4-1)式参照]。これより、モデル5(那岐山断層帯)を除く各震源断層モデルの幅は18kmとなる。
 モデル5(那岐山断層帯)については、震源断層モデルの傾斜角を45°としていることから、地震発生層の深さの上下限値を考慮して、幅を26kmとした。
 次に、各震源断層モデルの面積を、各震源断層モデルの幅と長さから算出した。

 5) 地震モーメント

 震源断層モデルの地震モーメントについては、レシピにおいて震源断層の面積が291 以上の場合に適用するとした内陸地震の地震モーメント と断層面積 との関係に基づいて推定した[(4-3)式参照] 。地震モーメント と断層面積Sの関係について過去の地震の解析結果をまとめた図に、今回の設定値をプロットして図4.5(上)に示す。
 また、セグメントを分けたCASE1−2については、震源断層全体の地震モーメントを(4-3)式から推定し、これを(4-4)式に従って各セグメントの断層面積の1.5乗に比例するように配分した。なお、近年の研究において、最近発生した複数のセグメントの破壊を伴う大地震のデータの解析から、断層セグメントが連動して地震を起こしても個々のセグメントの変位量は一定とするカスケード地震モデルの適合が良いとの報告もある(例えば,粟田,2004;遠田,2004)。ただし、セグメント分けを行った場合のスケーリング則や特性化震源モデルの設定方法については、研究段階にあるため、今回の検討対象とはしなかった。

 6) 平均すべり量

 震源断層モデル全体、及び各セグメント(CASE1−2)の平均すべり量 は、想定震源域の平均的な剛性率 、断層面積 、および平均すべり量 と地震モーメント との関係式を用いて推定した[(4-5)式参照]。

 4.2.3 微視的震源特性の設定

 微視的震源特性の設定に関して 1) 〜 7)の項目で以下のように検討した。

 1) アスペリティの数

 アスペリティの個数は、経験上、1地震につき平均2.6個で、1セグメントにつき1〜2個とされている[4.2.1参照]。本検討では、アスペリティの数を、震源断層が長大であるモデル1については3つ(CASE1−2の場合は、第1セグメントに2つ、第2セグメントに1つ)、震源断層の面積が比較的大きいモデル2、4については2つ、その他のモデルは1つとした。図4.64.8に設定断層モデルを示す。

 2) アスペリティの総面積

 アスペリティの総面積は、短周期領域における加速度震源スペクトルのレベル(以下、短周期レベルという)と関係があることから、以下の手順で算定した。

  1. 壇ほか (2001)による短周期レベルと地震モーメントとの経験式[(4-6)式参照]を用いて、地震モーメントから短周期レベルを算定した(図4.5(下)参照)。
  2. 上記で算定した短周期レベルから、便宜的に等価半径 の円形のアスペリティが一つあるという考え方を基にして、アスペリティの総面積 を求めた[(4-7)(4-9)式参照]。

 以上の手順に従い、アスペリティの総面積を算定した結果、震源断層全体の面積に対するアスペリティの総面積の比率は、モデル1ではCASE1−1、CASE1−2で約41%、モデル2で約31%、モデル3で約21%、モデル4で約28%,モデル5で約29%となった。これまでの研究成果では、アスペリティの総面積が震源断層全体の面積と比例関係にあることが経験的に知られており、アスペリティの定義が研究ごとに異なるものの、内陸地震によるアスペリティの総面積の占める割合は全断層面積の平均22%(Somerville et al., 1999)、15%〜27%(宮腰ほか,2001)、平均37%(石井ほか,2000)といった結果が得られている。今回想定した震源断層モデルにおけるアスペリティの総面積は、モデル1のCASE1−1、CASE1−2を除きこれらの範囲内にある。なお、CASE1−2では、各アスペリティの面積はCASE1−1と異なる(表4.1参照)が、各セグメントにおける断層全体の面積とアスペリティの総面積の比率は、レシピに従って短周期レベルから算定しているため、CASE1−1と同じになる。
 震源断層の長さが震源断層の幅に比べて十分に大きい長大な断層に対して、円形破壊面を仮定することは必ずしも適当ではないことが指摘されている。レシピでは、巨視的震源特性である地震モーメント を、円形破壊面を仮定していない(4-3)式から推定しているが、微視的震源特性であるアスペリティの総面積の推定には、円形破壊面を仮定したスケーリング則から導出される (4-6)(4-9) 式を適用している。このような方法では、結果的に震源断層全体の面積が大きくなるほど、既往の調査・研究成果に比較して過大評価となる傾向となるため、微視的震源特性についても円形破壊面を仮定しないスケーリング則を適用する必要がある。しかし、長大な断層のアスペリティに関するスケーリング則については、そのデータも少ないことから、未解決の研究課題となっている。 そこで、ここではモデル1に対する試行CASEとして、(4-6)(4-9)式を用いず、入倉・三宅 (2001)による震源断層全体の面積に対するアスペリティの総面積の比率、約22%を適用した場合(CASE1−3、CASE1−4)の強震動予測を行い、その影響について検討した。
 各アスペリティ間の面積比については、3つのアスペリティを設定するモデル1(CASE1−2を除く)に対しては、石井ほか (2000) を参考に2:1:1とした。2つのアスペリティを設定するモデル1のCASE1−2、モデル2、およびモデル4については、石井ほか (2000) を参考に2:1とした。

 3) アスペリティの位置

 「長期評価」により、大原断層、琵琶甲断層では、水平方向の平均的なずれの速度が比較的大きいと推定されている。同じく安富断層では、上下方向の平均的なずれの速度から、活動性が比較的高いと推定されている。
 これらの調査結果を参考に、モデル1については、大原断層に対応する断層帯北西部に大きいアスペリティ(第1アスペリティ)を、安富断層に対応する断層帯中央部と琵琶甲断層に対応する断層帯南東部に同規模の小さいアスペリティ(第2、第3アスペリティ)を配置した。モデル2については、大原断層に対応する断層帯北西部に大きいアスペリティ(第1アスペリティ)を、暮坂峠断層の北西端部に小さいアスペリティ(第2アスペリティ)を配置した。モデル3については、琵琶甲断層に対応する断層帯中央部にアスペリティを配置した。モデル4については、モデル3と同様に、山崎断層帯主部の南東部の中央部に大きいアスペリティ(第1アスペリティ)を、草谷断層の草谷付近のトレンチ調査結果等を参考に、草谷断層の北東端部に小さいアスペリティ(第2アスペリティ)を配置した。モデル5については、アスペリティの位置を設定するための情報に乏しいことから、レシピに従って、平均的なCASEとして断層帯中央部にアスペリティを配置した。アスペリティを配置した深さについては、どのモデルについても断層中央とした。
 なお、CASE1−3、CASE1−4については、アスペリティの平面的な位置は、CASE1−1で設定した位置と西端部を一致させることとし、深さは断層中央部とした。

 4) アスペリティ・背景領域の平均すべり量

 アスペリティ全体の平均すべり量は、最近の内陸地震の解析結果を整理した結果(Somerville et al., 1999)を基に震源断層全体の平均すべり量の2倍とし、各アスペリティのすべり量、および背景領域のすべり量を算定した [(4-10)(4-14)式参照]。
 この結果、アスペリティの平均すべり量は、モデル1、2、3、4、およびモデル5で、それぞれ約5.0m、約3.2m、約1.9m、約2.7m、および約2.6mとなる。「長期評価」と直接比較ができないモデル1、4以外の、モデル2、3、およびモデル5に対する「長期評価」による1回のずれの量は、山崎断層帯主部の北西部で約2m、山崎断層帯主部の南東部で2m程度(以上、左横ずれ成分)、および那岐山断層帯で約2−3m(上下成分)であり、いずれのモデルについても両者は調和的である。また、参考までに、モデル1、モデル4について、断層長さから推定される1回の活動に伴う変位量を比較すると、モデル1(断層長さ80km)で6.4m、モデル4(断層長さ44km)で3.5mとなり、これらも概ね調和的な結果となっている。なお、地表での1回のずれの量と強震動インバージョンで推定されている平均すべり量とがどのような関係にあるか十分に検証されているわけではないことに注意が必要である。

 5) アスペリティの応力降下量・実効応力、および背景領域の実効応力

 アスペリティの応力降下量・実効応力、および背景領域の実効応力は、アスペリティの面積から1つの円形のアスペリティが存在すると見なして算定した[(4-15)(4-17)式参照]。
 ただし、(4-6)(4-9)式を用いずに、震源断層全体の面積に対するアスペリティの総面積の比率を約22%として算出したCASE1−3では、アスペリティの応力降下量は24.2MPaで、CASE1−1の約1.9倍となった。これは、(4-6)(4-9)式を用いて短周期レベルから算出されるアスペリティの総面積(約593 )と震源断層全体の面積の約22%として算出されるアスペリティの総面積(約310 )の比率に相当する。
 Madariaga (1979)によれば、アスペリティの応力降下量 と震源断層全体の平均応力降下量 の関係は、次の理論式で与えられる。

(4-23)
:震源断層全体の面積
:アスペリティの総面積

 (4-15)式は、円形破壊面を仮定できるような規模の震源断層に対しては、(4-1)式と等価であるため、(4-6)(4-9)式を用いて短周期レベルからアスペリティの総面積を算定し、さらにレシピ(4-15)式を用いてアスペリティの応力降下量 を推定できる。しかし、モデル1のように、震源断層の長さが震源断層の幅に比べて十分に大きい長大な断層に対しては、円形破壊面を仮定することが適当ではないため、レシピ(4-6)(4-9)式を用いた場合には、震源断層全体の面積が大きくなるほど、アスペリティの総面積が既往の調査・研究成果に比較して過大となる傾向がある(CASE1−1)。また、CASE1−3のように、震源断層全体の面積に対するアスペリティの総面積の比率を設定し、円形破壊面を仮定した(4-15)式からアスペリティの応力降下量 を推定した場合には、地震モーメントが大きくなるほど、 が既往の調査・研究成果に比較して過大となる傾向にある。このような場合には、Madariaga (1979) による、震源断層の微視的震源特性に関するスケーリング則として一般的に成立する理論式((4-23)式)を用いて、震源断層全体の面積に対するアスペリティの総面積の比率の逆数(S/Sa)と震源断層全体の平均応力降下量 から を推定することができる。長大な断層に対する については、研究事例も少なく、汎用性のある数値を設定することは難しいが、ここでは試行的に、震源断層全体の面積に対するアスペリティの総面積の比率を約22%とした上で、Fujii and Matsu'ura (2000) が長大な横ずれ断層の巨視的震源特性に対する関係式から導出した3.1MPa を用いた場合について検討することとした(CASE1−4)。この値を用いると、アスペリティの応力降下量 は、約14.4MPaとなり、CASE1−1(約12.6MPa)と同程度になる。ただし、3.1MPaは、長大な横ずれ断層の巨視的震源特性に関する経験式として、地震発生層の剛性率を40GPa(モデル1は約32GPa)、断層幅を15km(モデル1は18km)とする等のいくつかの条件下で導出された値であり、その適用範囲等については検討課題となっている(入倉, 2004)。
 これらのCASEの地震モーメント と断層面積Sの関係について図4.5(上) に、また、短周期レベルAと地震モーメント との関係について、図4.5(下)にプロットして示す。CASE1−3については、図4.5(下)から、壇ほか (2001) がまとめたデータのばらつきの範囲内ではあるが、短周期レベルがやや大き目に推定されている。一方、CASE1−4の短周期レベルは、アスペリティの応力降下量がやや増大した一方でアスペリティの総面積が小さくなったため、壇ほか (2001)による経験式 [(4-6)式参照] に比較して若干小さい。

 6)

  については、これを推定するための情報がないため、地震調査委員会強震動評価部会 (2001) の検討結果に基づき、6Hzに設定した。

 7) すべり速度時間関数

 中村・宮武 (2000) の近似式を用いた[ (4-18)(4-21)式参照]。

 4.2.4 その他の震源特性

 1) 破壊開始点の位置

 破壊開始点については、その位置を特定するだけの情報が得られていない。そこで、CASE1では、地盤増幅効果に加えてディレクティビティ効果 により、瀬戸内海沿岸地域で揺れが大きくなると予想されるCASEとして、第1アスペリティの北西端の下隅に設定した(図4.6)。CASE2は、破壊開始点の違いが評価結果に与える影響を調べるために、第1アスペリティの北西端の下隅(CASE2−1)とする場合と、第2アスペリティの南東端の下隅(CASE2−2)とする場合の2CASEを想定した(図4.7)。CASE3については、CASE1と同様の観点から、アスペリティの北西端の下隅に設定した(図4.7)。CASE4については、過去に2つの断層(帯)が同時に活動した可能性がある(兵庫県, 2001)ことから、第2アスペリティの北東端下隅とした(図4.8)。CASE5については、アスペリティの中央下端とした(図4.8)。

 2) 破壊伝播様式

 破壊は、経験的に破壊開始点から放射状(概ね同心円状)に進行するものとした。

 3) 破壊伝播速度

 平均破壊伝播速度は、地震発生層のS波速度との関係(Geller, 1976)から求めた[(4-22)式参照]。


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