3.4 深部地盤構造モデル

 3.4.1 文献の収集・整理

 図3.4-1に石油公団の基礎試錐・基礎物理探査の反射法地震探査測線、地殻構造探査の測線、KiK-netおよびK-NET、および微動アレイ探査の位置を示す。
 北海道で深部地盤構造に関する文献として、次のものがある。

  1. 石油公団データ
      基礎試錐
      基礎物理探査(反射法地震探査)
  2. 日高衝突帯の地殻構造探査
      屈折法および反射法地震探査
  3. 微動アレイ探査
  4. 札幌市による石狩平野北部の深部地下構造調査
  5. KiK-netおよびK-NET

 石狩低地〜日高沖海盆にかけての地域では、石油・天然ガスの探査を目的として、石油公団により基礎試錐と反射法地震探査が実施されている。石油公団の基礎試錐および反射法地震探査は、堆積盆地の深部地下構造を検討するうえで貴重な資料である。基礎試錐は4,000〜5,000m級のボーリングであり、同時にVSP検層や音波検層が行われている。石油公団が実施している反射法地震探査の反射面やVSP検層は、地層境界とほぼ一致しているので、地質構造図がP波速度構造図にほぼ等しい。
 日高衝突帯では、屈折法および反射法地震探査による地殻構造探査が行われている。しかし、地殻構造探査は地震基盤より深い構造の探査を目的としている。深部地下構造モデルを検討するうえで参考データとしたが、直接的な速度データとしては使用しなかった。
 微動アレイ探査のS波速度構造は、今回作成したモデルと整合しない地点が多いが、他のデータが乏しい深度の深い部分のS波速度値は参考とすることとした。
 札幌市では地下構造調査が実施されている(札幌市,20022003)が、今回の深部地盤構造モデル作成時は調査が継続中であった。そこで、札幌市のデータは地震探査の結果だけをデータとして取り入れ、モデルそのものは使用しなかった。

 3.4.2 モデルの作成方法

 図3.4-2に深部地盤構造モデルの作成方法を示す。
 本地域を含む北海道全域については、2003年9月に発生した十勝沖地震の地震動を検証する目的で、深部地盤構造モデル作成を目標としており、本地域はその一部をなす。
 全体的なモデルの作成方法は次のとおりである。

  1. 石油公団の基礎試錐の柱状図および反射法地震探査の解釈断面を読みとり、モデル作成のデータとした。反射法地震探査で深度断面による解釈図があるものは、それをそのまま用いた。時間断面は基礎試錐のVSP検層から速度値を設定し、深度断面に変換して用いた。
  2. 石油公団のデータは基本的に地質構造図である。北海道は広域に及び、地域により地層名が異なる。同じ地質時代の地層(例えば、鮮新統、上部中新統など)で各地域の地層を結び、北海道全域の地質構造モデルとした。さらに、基礎試錐のVSP検層から、各地層のP波速度を設定し、P波速度構造モデルとした。
  3. 石油公団のデータだけでは、背斜・向斜などの褶曲構造を表現できない。地質の文献や地質図により、地質構造を推定し、地質学的な補完を加えた。また、基盤岩類に達していない基礎試錐や反射断面は、地質学的知見から基盤岩類の深度を推定した。
  4. 日高山脈西部の神居古潭帯はクリッペであり、その下位に蝦夷層群の上部白亜系が分布している(伊藤,2000)。地質学的には基盤岩類の下位に上部白亜系が分布するという逆転した構造が推定される。しかし、岩崎ほか(2002)の地殻構造探査によると、日高山脈の5.8〜5.9km/s層は高角度で西側に傾斜している。速度層としての地震基盤は、日高帯西縁から西に傾斜し、石狩低地下の基盤岩類上面につながるものと推定した(図3.4-2)。
  5. 山地部では、KiK-netおよびK-NETの速度検層結果から、風化帯を設定した。

 さらに本研究では、特に石狩低地のモデルを精密化するため、5kmごとに東西方向の地質断面図を作成し、地質学的知見を加味してモデルを修正した。
 主な修正点は次のとおりである。

(1)日高山脈西部における基盤岩類露出箇所

 地震基盤に相当する地層として、隈根尻・空知層群などの付加体地質、花崗岩類、および神居古潭帯・日高帯の変成岩類を想定している。蝦夷層群は後期白亜紀の地層であるが、前弧海盆の堆積岩類であり、埋没深度が浅く、固結度が小さい。基礎試錐の速度検層によると、P波速度は5.0 km/sより小さく、地震基盤とはみなせない。
 日高山脈西部で地表に露出する神居古潭帯は、日高衝上断層帯の構成層(テクトニックメランジュのブロック)であり、地下深部には蝦夷層群が分布するものと推定されている(横倉ほか,1992伊藤,2000在田,2002など)。神居古潭帯は根なし岩体であり、日高帯を基盤岩類の露出地域として、モデルを作成した。

(2)日高山脈西部における地震基盤の深さ

 日高山脈西部では、蝦夷層群と石狩層群などの古第三系は衝上断層帯をなし、テクトニックメランジュを形成している。この衝上断層帯と基盤岩類の境界はデコルマ面をなす。デコルマ面は水平ないし緩く東側に傾斜し、日高主衝上断層に収斂すると考えられている(図3.2-5)。デコルマ面を地震基盤とすると、その深さは15 km以上になる。蝦夷層群および衝上断層帯は地下深部では地震基盤に相当するP波速度をもつものとみなし、地震基盤は日高帯西縁から西方に徐々に深くなり、石狩低地下で基盤岩類上面につながる構造を想定した(図3.4-2)。日高衝突帯の地殻構造探査による速度構造も同様な構造を示す(横倉ほか,1992森谷,1999岩崎・森谷,2002など)。

(3)基盤岩類のホルスト構造

 石狩平野では、苫小牧リッジのほかに、鳩の巣・万字ドームなどの基盤岩類の高まりがある(加藤ほか,1993)。
 苫小牧リッジは、日高沖から三陸沿岸にのびる基盤岩類の高まりであり、勇払油田はその北端に位置する。リッジは古第三紀漸新世の伸張性のテクトニクスにより形成された構造であり(栗田・横井,2000大澤ほか,2002)、この構造運動により、日高〜三陸沖にかけて大規模な不整合が認められる。これは南長沼層とその下位の地層の不整合であり、漸新世不整合と呼ばれている(大澤ほか,2002)。
 鳩の巣・万字ドームは石狩炭田付近(等深線図のX=-20000、Y=-90000)に認められる基盤岩類の高まりである。

(4)中部中新統と古第三系の境界

 基礎試錐「馬追」(石油公団,1998)によると、これまで前期〜中期中新世の「滝の上層」とされていた地層の中・下部が古第三紀漸新世の「南長沼層」であることが明らかになった(栗田・横井,2000)。石油公団の基礎物理探査は、古い層序に基づいて解析されており、中部中新統が厚く、古第三系が薄くなっている。本研究では基礎試錐「馬追」の成果に基づき、中部中新統と古第三系の境界を修正した。

(5)馬追・野幌丘陵の褶曲構造

 後期中新世以降における日高帯の上昇に伴い、石狩平野は衝突帯前縁の構造盆地となり、平取・軽舞層、荷菜層などの地層が堆積し、南北方向の軸をもつ褶曲構造が形成された。馬追丘陵と野幌丘陵は背斜構造により作られた地形である。これらの構造をモデルに表現した。

(6)第四系・鮮新統の厚さ

 岡(19861994)の資料により、石狩低地、富良野−上川盆地の第四系の厚さを推定した。
 図3.4-3にこのようにして作成した北海道地域の基盤岩類上面の標高コンターを参考として示す。

 3.4.3 深部地下構造モデル

(1)速度層区分

 図3.4-4に石油公団基礎試錐のVSP検層および音波検層による各地層のP波速度と速度層区分を示す。
 本地域の速度層は次のように区分される。前述したように、石油公団の反射法地震探査は反射面と地層境界がほぼ一致している。また、VSP検層の速度境界は地層境界とほぼ一致している。速度層に対応する地層を右端に示す。

速度層1     1.9 km/s 以下      第四系
速度層2     2.1 km/s      鮮新統
速度層3     2.5 km/s      上部中新統
速度層4     3.3 km/s      中部中新統
速度層5     4.0 km/s      下部中新統〜上部白亜系
速度層6     5.5 km/s      基盤岩類

 地震基盤のP波速度は、石油公団のVSP検層および音波検層によると、5.5km/s前後である。一方、日高山脈の地殻構造探査によると、5.3〜6.0km/sの範囲内にある。日高山脈では5.8〜5.9km/sであるが、石狩低地下では5.3〜5.6km/sである。地域により速度値が異なるが、平均的な速度値として、5.5km/sを採用した。

 古第三系と下部中新統はほぼ同じP波速度を示す。上部白亜系は古第三系および下部中新統よりもP波速度がやや大きいが、有意な差ではない。上部白亜系〜下部中新統のP波速度を4.0km/sとした。地殻構造探査でも、地震基盤相当層の上位に4.0km/s前後の速度層が認められる。

(2)山地部の風化帯

 山地部で基盤岩類や上部白亜系が露出する地域については、K-NETおよびKiK-netの速度検層のデータを用いて風化帯を設定した。
 図3.4-5 (1) に地質別の深度とP波速度の関係、図3.4-5 (2) に北海道を5地域に区分し、地域毎の深度とP波速度の関係を示す。
 地質による区分、地域による区分の両結果ともに、データに有意な差は認められなかった。そのため、北海道全域のデータを用いて風化帯を設定した(図3.4-5 (2) の上段左)。山地部における風化帯は下記のとおりである。

(P波速度区分)    (深度)
P波速度2.1km/s  →  6m
P波速度2.5km/s  →  15m
P波速度3.3km/s  →  64m
P波速度4.0km/s  →  170m

(3)深部地下構造モデル

 図3.4-6 (1)(3)に東西方向の地質断面図を示す。
 北海道地域の深部地盤構造モデル作成においては、前述したように反射法地震探査の反射面およびVSP検層の速度境界が地層境界とほぼ一致していることから、基本的に地質境界面によって速度層境界を設定している。しかし、石狩低地においては第四系が厚く分布しており、特に苫小牧市周辺では、P波速度で2km/s未満の層が3000m程度の厚さで存在することになる。
 一方、石狩低地においては、図3.4-7に示すPS検層結果のように地質境界と速度境界が必ずしも一致していないデータがある(前期更新世の下部が上部に比べ速度値が速くなっている)。
 そこで、今回の深部地盤構造モデル作成においては、上記のPS検層結果も踏まえ、速度値が速い前期更新世の下部を鮮新世と同じ速度値とみなし、鮮新世( 2.1km/s上面)以浅の層を1/4薄くする(薄くした部分は 2.1km/s層に含めた。つまり 2.1km/s層の上面が浅くなる)修正を行うこととした。
 この修正を施した深部地盤構造モデルについて、図3.4-8 (1) (6)に各地層上面標高のコンターを示す。なお、図3.4-8 (1)は上記修正を行う前の鮮新統上面( 2.1km/s層上面)等高線図(図3.4-8 (2)が修正後)である。

 深部地下構造モデルの特徴は次のとおりである。

  1. 鮮新統〜中部中新統上面のコンターは、石狩低地東縁断層帯を境として西側と東側で深度が明瞭に異なる。これに対して、中部中新統より下位の地層では、石狩低地東縁断層帯の影響を受けていない。基盤岩類の構造は、古第三紀漸新世〜新第三紀前期中新世の伸張テクトニクス(ホルスト構造)に規制されており、日高衝突帯による構造盆地の形成や褶曲構造は中期〜後期中新世以降に生じたためと推測される。
  2. 基盤岩類上面のコンターでは、最深部は石狩低地東縁断層帯の東方にあり、深さ7,000m以上に達する。苫小牧南方海域におけるY=-30000から西方の基盤岩類の高まりは苫小牧リッジである。また、樺戸山地南東(X=-10000〜-40000,Y=-80000〜-100000)の基盤岩類の高まりは鳩の巣・万字ドームである。
  3. 苫小牧の沿岸部では、苫小牧リッジの西側で基盤岩類上面の深さは6,000m以上と深い。これは胆振沖浅海域の反射法地震探査の結果による(石油公団,1996)。
  4. 野幌丘陵西方の札幌東部〜当別(X=-65000、Y=-100000)に沈降部があり、基盤岩類上面の深さは5,000m以上である。これは負の重力異常位置と一致している。

(4)P波とS波速度の関係

 図3.4-9にKiK-netおよびK-NETによるP波速度とS波速度の関係、図3.4-10Ludwig et al. (1970)によるP波およびS波速度と密度の関係を示す。
 KiK-netおよびK-NETはボーリング深度が浅く、P波速度で4.0 〜6.0km/sのデータが少なく、P波とS波速度の関係は信頼性が低い。したがって、P波速度で4.0km/sまではKiK-netおよびK-NETからS波速度をもとめ、4.0km/s以上の速度層は微動アレイ探査によるS波速度を用いた。

 以上のことから、各速度層区分の物性値は次のように設定した。

 P波速度(km/s)   S波速度(km/s)   密度( ) 
2.1 0.7 2.0
2.5 1.1 2.2
3.3 1.7 2.3
4.0 2.2 2.45
5.5 3.2 2.65

(5)平野部における工学的基盤の深さ

 図3.4-11に工学的基盤の深度をもとめるために収集した浅いボーリングの位置を示す。また、図3.4-12に工学的基盤上面深度分布を示す。工学的基盤は、N値50以上を連続して3回確認した深度とした。
 ボーリングデータには速度に関する情報が無いため、K-NETの速度検層データを用いて、工学的基盤のP波およびS波速度を推定した。このとき、K-NETでN値50以上が3回連続して確認された区間を工学的基盤と判断し、これに対応する区間のP波速度およびS波速度データを抽出した。ただし、土質区分が岩となっている部分は、速度値が一般的に考えられる工学的基盤の速度値よりも大きくなる傾向が見られたため、検討には用いなかった。
 図3.4-13にK-NETによる工学的基盤のP波およびS波速度を示す。密度はLudwig et al. (1970)の関係図より設定した。

P波速度    1.8km/s
S波速度 0.48km/s
密度 1.9

(6)各速度層の物性値

 表3.4-1に各速度層の物性値を示す。


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