3.4 深部地盤構造モデル

 三陸沖北部のプレート境界断層を震源とする地震の地震動予測地図を作成するため、東北から北海道南部の深部地盤構造モデルを検討した。
 本地域は物理探査データの数が限られているので、地質データで補完して、地盤構造モデルを作成した。

 深部地盤構造モデルの作成方法は次のとおりである。

  1. 東西方向の地質断面図作成(緯度20′ピッチ)
  2. 重力データ解析による地質断面図の検証
  3. 物理探査データの収集・整理
  4. 物理探査データによるP波速度構造図の作成
  5. 地質データによる補完
  6. 風化帯の設定
  7. 物性値の設定

3.4.1 重力データ解析

(1) 残差重力異常分布図の作成方法

 地震基盤よりも浅い部分を対象とした深部地盤構造モデルによる重力分布(計算重力分布)と比較する観測重力分布(残差重力異常分布)は、以下の(手順1)〜(手順4)によって作成した。

 (手順1)ブーゲー異常分布(日本重力CD-ROM;地質調査所,2000)の切り出し
 (手順2)海域におけるフリー・エア異常の復元
ブーゲー密度2.67 を無限平板モデルによって元の海水の密度1.0 に置換
 (手順3)重力異常分布の復元
陸域をブーゲー異常で、海域をフリー・エア異常で表現したことに相当する重力異常分布。
 (手順4)残差重力分布の計算
スラブ、および、コンラッド面・モホ面の起伏(地震基盤よりも深い構造)による重力の影響を、上記(3)の重力異常分布から除去。

 以上のような手順を踏んだ理由は、以下のとおりである。
 今回使用したブーゲー異常分布「日本重力CD-ROM(地質調査所,2000)」は、既往重力データとして陸域・海域ともに数値データの形で利用可能な我が国唯一のデータベース(グリッド間隔1km)である。このデータベースから該当する対象範囲のデータを切り出す作業が(手順1)である。このデータは、海域データに対して海水(密度:1.0 )を花崗岩の平均密度として通常使われている2.67 で置換されているが、今回のような目的で陸域・海域を含む広い範囲で使用するためには必ずしも取り扱い易いものではない。そこで、密度2.67 で置換されている海水部分を再び元の海水密度(1.0 )に戻す手順が、上記(手順2)に対応している。海域データに対するこのような復元作業は、海域でのフリー・エア異常を計算したことに相当する。この海域でのフリー・エア異常分布と陸域でのブーゲー異常とをコンパイルする作業が(手順3)に相当する。このコンパイルの結果得られた重力異常分布は、海域においては、重力補正基準面(標高0m)から海底面まで分布している海水とその下方に分布している実際の密度構造との影響を反映したものである。
 (手順3)の結果得られた重力異常分布には、今回対象としている地震基盤よりも浅い地盤構造の影響に加えて、これよりも深い構造(主に、コンラッド面、モホ面、スラブ)の影響も含まれている。したがって、今回の目的である深部地盤構造モデルによる計算重力分布と観測重力分布とを比較検討するためには、対象よりも深い構造の影響をこの重力異常分布(観測重力分布)から除去して残差重力分布を求める必要がある。この作業が(手順4)に相当する。除去すべき深い構造(スラブおよびコンラッド面・モホ面の起伏)による重力分布は、Kono et al (2002) を使用した。
 なお、(手順2)の海域データに対するフリー・エア異常復元作業は、無限平板モデルに対する重力の計算式を用いて各グリッド毎に以下の要領にて行なった。
 フリー・エア異常復元のための補正量を [mGal]とすると、その計算式は次のようになる。

[mGal]
 ここで、 :万有引力定数、:水深[ m ]
:海水の密度[ 1.0 ]、:花崗岩の平均密度[ 2.67 ]

である。

(2) 残差重力異常分布

 図3.4-1に東北〜北海道南部の残差重力異常分布図を示す。三陸東方沖から北海道南部の勇払平野につづく低重力異常、日本海沿岸の低重力異常が顕著である。北上山地は基盤岩が露出しており、高重力異常を示す。その西方の奥羽脊梁山地から出羽山地にかけての地域は、新第三系が広く分布しているにもかかわらず、やや高重力異常を示す。これに対して、函館平野、津軽平野、青森平野、野辺地から八戸にかけての地域はやや低重力異常を示す。これらの地域では新第三系などの密度が小さい堆積層が厚く分布しているものと推定される。

(3) 重力データ解析

 北緯39゜40′〜41゜40′の範囲で、緯度20′毎に東西方向の地質断面図を作成し、これを初期モデルとして重力データ解析を行った。
 陸域の地質は、各種地質図や下北、八甲田、仙岩地域などの地熱調査(新エネルギー総合開発機構,19851986a1986b1986c1986d 19881991)、下北地域の広域調査(金属鉱物探鉱促進事業団,1971)、基礎試錐「馬追」(石油公団,1988)などを参考にした。三陸沖の地質は、基礎試錐「三陸沖」、「久慈沖1X」(石油公団,2000)、「気仙沼沖」(石油公団,1985)や大澤ほか(2002)などから推定した。また、各地層に与えた密度値については、山形盆地断層帯の検討の際に設定した密度値(防災科学技術研究所, 2005)を参考にして、表3.4-1のように設定した。
 図3.4-2(1)(7)に重力データ解析結果を示す。これらの図に示すように、三陸沖の海域では、残差重力に対して計算重力が系統だって大きくなっている。残差重力と計算重力の差は、地質断面図の修正では追いつかないほど大きい。残差重力分布は、Kono et al (2002)に基づき、地震基盤より深い構造(コンラッド面,モホ面,スラブ)の影響を除去し、作成したものであるが、深い構造の影響が完全には除去されていないものと考えられる.現状,Kono et al (2000)にかわる文献がないので,これ以上の検討は難しい.海域および陸域の重力データ解析結果は,残差重力と計算重力の値は異なるが,変化のパターンは概ね一致しており,地質モデルは妥当と考えられる.

3.4.2 速度に関する文献

 表3.4-2に速度に関する文献のリスト、図3.4-3(1) に屈折法・反射法地震探査、速度検層および地質に関する文献の位置、図3.4-3(2) に微動アレイ探査の位置、図3.4-3(3) にHi-netの位置を示す。
 三陸沖の物理探査のうち、早川ほか(2000)の速度構造は、鶴ほか(2000)、Suyehiro et al.(2000)、石油公団(2000)などの速度構造と矛盾しているので、検討では使用しないことにした。
 長谷川ほか(1998)による5.8〜5.9 km/s層は、他の文献の速度構造と概ね整合している。しかし、表層の速度層は2.0〜2.5 km/sで一括され、細分されていないので、浅い深度の地盤の検討では使用しなかった。
 Asano et al.(1981)およびSuyehiro et al.(2000)による屈折法地震探査は、三陸沖の南北方向の測線であるが、測線に沿った速度断面ではなく、柱状の速度構造モデルとして示されている。したがって、測線上のどの位置も同じ速度構造とした。

3.4.3 深部地盤構造モデル

(1) 速度層区分

 地質モデルと速度データから、本地域の速度層区分を検討した。地質と速度の関係は次のようになる。

  1. 風化帯を除く基盤岩は5.8〜5.9km/sのP波速度値を示す。本層は速度値から地震基盤に相当すると考えられる。
  2. 海域の上部白亜系(Cr)と基盤岩の風化帯は3.9〜4.3km/sの速度値であり、同じ速度層に分類した。仙岩地域(北緯40゜00′断面)では、古第三系〜下部中新統(T)は4.2〜5.0km/sの速度値を示す。上部白亜系および基盤岩の風化帯の速度値よりもやや大きいが、同じ速度層とみなした。
  3. 海域の上部白亜系は、地質モデルでは前弧堆積盆のみに分布している。しかし、速度データでは、ほぼ同じ速度層が日本海溝に面した斜面にも分布している。ここでは、地質モデルよりも速度データを優先した。
  4. 仙岩地域の屈折法地震探査やHi-netデータによると(北緯40゜00′断面)、古第三系〜下部中新統(T)の風化帯は3.0〜3.5km/sの速度値を示す。この速度値は山形盆地の新第三系流紋岩類・安山岩類(N2)とほぼ同じ速度値である(防災科学技術研究所, 2005)。本地域の鮮新統〜中部中新統(N)もほぼ同じ速度構造(上部層N1と下部層N2に区分される)と推定し、下部層N2を3.0〜3.5km/s層とした。海域では、前弧堆積盆の古第三系(Ng)の下部に3.0〜3.5km/s層が分布している。
  5. Hi-netデータによると、鮮新統〜中部中新統(N)の上部層N1は、2.0〜2.5km/sの速度値からなる。海域では、古第三系が本速度層に相当する。
  6. Hi-netデータによると、陸域の第四系および第四紀火山岩類のP波速度は1.8km/sを示す。これに対して、海域の第四系〜新第三系のP波速度は1.6km/sである。深部地盤構造モデルでは、これらの地層を同じ速度層とし、P波速度を1.8km/sとした。
  7. 海域と陸域では、同じ地質時代の地層でも速度値が異なる。一般に海域の方が陸域より速度が小さい傾向がある。

 以上の検討結果から、本地域の速度層を5.8、4.0、3.5、2.2、および1.8km/sに区分した。

(2) 風化帯

 速度層区分で述べたように、基盤岩では =4.0km/sの風化帯を設定している。しかし、地表付近ではさらに低速度の風化帯があると考えられる。 =4.0km/sや =3.5km/sの速度層が地表に露出している地域では、Hi-netデータにより風化帯を推定した。
 北上山地では、Hi-net位置における =2.2km/sおよび =3.5km/s上面の深度をもとめ、これらから深度コンター図を作成し、 =4.0km/sより上位の風化帯を推定した。
 そのほかの地域では、Hi-netデータが少ないので、代表的なHi-netデータより風化帯の厚さを推定した。

(3) 物理探査データによる地震基盤上面標高コンター

 図3.4-4に物理探査データのみによる5.8km/s層(地震基盤)上面標高のコンター図を示す。物理探査はデータ数が限られているので、平板なコンターになり、地質構造を反映したモデルになっていない。そのため、地質データにより補完し、深部地質構造モデルを作成した。

(4) 深部地盤構造モデル

 図3.4-5(1)(3) に速度構造断面図を示す。これらの図では、地質データを考慮して、速度層境界を設定した。また、速度構造断面を3次元化し、各速度層上面標高のコンター図を作成した。図3.4-6(1)(3) に各速度層上面標高のコンター図を示す。なお、速度構造断面間でデータがない箇所については、地質データからコンター図を修正ないし補完している。主な修正個所は次のとおりである。

  1. 大澤ほか(2002)によると、下北半島北東端の尻屋崎から北方海域には、苫小牧リッジと呼ばれる南北方向にのびる狭長な隆起帯がある。その東西両側は堆積盆になっている。速度データだけではこれを表現できないので、地質データより修正した。
  2. 天然ガス鉱業会・大陸棚石油開発協会(1992)によると、青森平野では、第四系の深さが1,000m以上、基盤深度が3,000m以上と推定されている。また、津軽平野南東部の黒石市でも、第四系が1,000m程度、基盤深度は3,000m以上と推定されている。これらの地質データからコンター図を修正した。

(5) 各速度層の物性値

 表3.4-3に各速度層の物性値を示す。S波速度と密度はLudwig et al. (1970) の関係図(図3.4-7)から推定した。


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