4.地震動予測地図の融合

4.1 融合の考え方

 地震動予測地図は「確率論的地震動予測地図」と「震源断層を特定した地震動予測地図」(シナリオ型地震動予測地図)の二種類の予測地図を一式としたものと定義されており、加えて、両地図の関連を明確にすること、あるいは震源断層を特定した地震動予測地図の結果を確率論的地震動予測地図に取込むことを「融合」と呼んでいる。
 地震動予測地図の融合については現時点までに次の2つの考え方が提示されている(地震調査委員会長期評価部会・強震動評価部会,2002、同,2003、同,2004)。

○融合の考え方1
2種類の地図は独立に作成されるが、それぞれの位置づけを解説し、相互に関連づける。2種類の地図を関連づけるために、確率論的想定地震の概念を用いるという考え方。この考え方で、各シナリオ地震を確率論的地震動予測地図の中で位置づける。
○融合の考え方2
シナリオ地震に対する詳細法による強震動予測の結果を用いて、確率論的地震動予測地図に取込むという考え方。

 以下ではこのうち「融合の考え方1」として、確率論的地震動予測地図におけるシナリオ地震の位置づけについて検討する。なお、「融合の考え方2」の詳細法による強震動予測の結果を確率論的地震動予測地図に取込む方法に関しても、研究例は少ないが各方面で議論が進みつつある(壇・金子,2001、長尾・山田,2002、奥村,2003)。
 確率論的地震動予測地図におけるシナリオ地震の位置づけを明確にするとは、対象地点におけるハザードに影響が大きい地震は何か、およびシナリオ地震による地震動評価がその地点の地震ハザードにおいてどのような位置づけにあるか、という点を明確にすることにある。
 この点を明確にするための方法論として確率論的想定地震(注)の概念がある(亀田・石川・奥村・中島,1997、石川・奥村,2001)。確率論的想定地震とは、対象とする確率レベルに対応するような強さの地震動を起こし得る可能性が高い地震をシナリオ地震(想定地震)として選定するための方法論であり、その際、そのような地震動をもたらし得るような地震の相対的な出現可能性を表わす指標として各地震の「影響度(原論文では貢献度)」を定義している。影響度は対象とするハザードレベルや周期帯域に応じて変化する指標であり、影響度が大きい地震ほどシナリオ地震を選定するにあたって重要視すべきと評価される。なお、米国でも類似の考え方として、ハザードレベルごとに支配的な地震のマグニチュードと距離を分解して評価する「deaggregation」の概念が提唱されているが(McGuire,1995、Boissinnade, et al.,1995、Bazzuro, et al.,1999)、確率論的想定地震の概念では個々の地震ごとの影響度を定量化して示すことに特徴がある。
 なお、防災科学技術研究所に設置された「地震動予測地図工学利用検討委員会」において、融合の概念をより深く掘り下げた検討が始められている(防災科学技術研究所,2004)。


(注)石川・奥村(2001)は確率論的想定地震の概念を従来のハザードレベルを規範とする「ハザード適合想定地震」と構造物の被害や損失までを含めたリスクレベルを規範とする「リスク適合想定地震」とに分けて再定義しているが、ここではハザード適合想定地震の概念を確率論的想定地震と称する。

4.2 各地震の影響度の評価

 確率論的想定地震の影響度とは、当該地点において対象とする確率レベルに対応する地震動強さ以上の揺れを受けた場合に、その地震動をもたらした地震がどの地震である可能性が高いかを相対確率(%)で表わした指標であり、2.1節で示した記号を用いて次式で求めることができる。

  (4.2-1)

ここに、 年間の超過確率が のハザードレベルに対する 番目の地震(群)の影響度、 番目の地震によって 年間に少なくとも1回地震動強さが を超える確率である。 年間に複数回の地震が発生する確率が無視できる場合には、次式のように展開できる。

  (4.2-2)

ここに、 番目の地震が 年間に発生する確率、 番目の地震が発生した条件下で地震動強さが を超える条件付確率である。
 上式より明らかなように、確率レベルごとに全地震の影響度の総和は1(100%)となる。また、同じ地震の影響度であっても確率レベルによって値は変化することになる。なお、影響度の定式化の詳細については亀田・石川・奥村・中島(1997)、石川・奥村(2001)を参照されたい。
 また、この影響度(貢献度)を地図の形で表現しようとする試みも行われており、県単位ではあるが、具体的な地図の作成例も示されている(石川・他,2003)。

4.3 代表地点におけるハザードカーブと地震分類別影響度の評価

 全国主要都市におけるハザードカーブと地震分類別の影響度について示す。ここで、「地震分類」とは2.2.3で示した確率論的地震動予測地図作成における地震分類のことで、「主要98断層帯に発生する固有地震」、「海溝型地震」「その他の地震」の3種類である。「地震分類別影響度」とは、この3種類の地震分類ごとに集約した影響度を表す。

(1)評価地点と条件

 評価地点は対象47都道府県の県庁所在都市における各市役所位置ならびに北海道各支庁(14)の位置とした。(合計61地点、東京は都庁の位置)
 地盤増幅率は対象地点が含まれる基準地域メッシュ(第3次地域区画)での値を用いた。表4.3-1に各地点における地盤増幅率を示す。対象期間は西暦2005年1月より50年間とした。また、主要98断層帯の地震発生確率に関して、「平均ケース」と「最大ケース」(地震発生確率は表2.3-2参照)の2通りを用いた場合の結果を比較した。

(2)評価結果

 図4.3-1図4.3-61に上記61地点におけるハザードカーブと地震分類別の影響度を示す。それぞれ左図がハザードカーブで、平均ケースと最大ケースの結果を併記している。中央の図と右図が地震分類別影響度で、中央が平均ケースの場合、右図が最大ケースの場合である。地震分類別影響度は橙色の部分が「主要98断層帯」、青色の部分が「海溝型地震」、緑色の部分が「その他の地震」の各影響度の大きさを示している。3つの影響度の合計は確率レベルによらず100%となる。
 確率論的な地震ハザードの代表値(特定の超過確率に対する地震動強さ、あるいは特定の地震動強さに対する超過確率)が地点ごとにさまざまであることは、前章での地図表現により認識できるが、ハザードカーブを見ることによって、確率レベルに応じて変化するハザードの性状が理解できる。また、地震分類別の影響度では、地点ごとにどの分類の地震が支配的になるかが理解できる。各地点周辺の地震環境に応じて、その影響の度合いはさまざまである。また、確率レベルによる影響度の変化の度合いも把握でき、確率レベルに拠らずほぼ変わらない地点もあれば、確率レベルによって影響度の配分が大きく変化する地点もある。
 一般的に、「主要98断層帯」の影響が大きく現れるのは、確率レベルがせいぜい50年超過確率で10%程度以下の場合が多い。ただし、山形、富山、金沢、長野、大津、京都、大阪、石狩支庁、空知支庁、留萌支庁などでは、比較的高い確率レベルから「主要98断層帯」の影響が卓越している。また、札幌、新潟、神戸、長崎、熊本、大分などでは最大ケースの場合と平均ケースの場合で影響度の差が比較的大きく、最大ケースになると、「主要98断層帯」の影響度が際立って大きくなっている。
 太平洋沿岸に位置する地点の多くは「海溝型地震」の影響が支配的である。このような地点では影響度が確率レベルによってあまり変化しない地点が多い。
 「その他の地震」が支配的な地点としては、水戸、宇都宮、新潟、福井、鳥取、松江、山口、福岡、佐賀、長崎、熊本、鹿児島、那覇、宗谷支庁等があげられる。これらの地点では特定の地震像を絞り込むことが難しいが、こうした中で鳥取県西部地震、新潟県中越地震、福岡県西方沖の地震などで被害をもたらした「その他の地震」も発生している。地震動予測地図の融合において、このような地震をどのように位置づけるか、今後議論を深めていく必要がある。

4.4 東京・大阪における地震別影響度の評価

 影響度は地震分類別のみでなく、個々の地震ごとに見ることもできる。ここではその例として、東京と大阪における地震別の影響度を評価した。地点と地盤増幅率は4.3で示したのと同じである。
 期間は2005年1月より50年で、主要98断層帯の地震発生確率は平均ケースの場合である。
 図4.4-1に東京のハザードカーブと影響度を、図4.4-2に大阪のハザードカーブと影響度を示す。50年超過確率が10%の計測震度は東京が5.6、大阪が5.8であり、ハザードのレベルは大阪の方がやや高い。
 一方、影響度の図より、東京では多種の地震が影響していることがわかる。ただし、各地震の影響度の相対関係は確率レベルによってそれほど大きくは変化していない。この中では南関東の 7クラスの地震の影響度が最も大きい。
 大阪の影響度は南海トラフの地震(南海〜東南海〜想定東海地震)と主要98断層帯の影響度が突出しており、両者の関係も確率レベルによってその大小関係が交差する性状となっている。平均ケースの場合、中央構造線金剛山地東縁−和泉山脈南縁の発生確率がほぼ0%のため(表2.3-2参照)、主要98断層帯の中では上町断層帯の影響が際立っていると考えられる。発生確率が高い地震として南海トラフの地震、低頻度ではあるが、非常に強い地震をもたらす可能性がある地震として上町断層帯を考慮すべきことが定量的に理解できる。

4章の参考文献

  • Bazzuro, P. and Cornell, C.A. (1999): Disaggregation of Seismic Hazard, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.89, No.2, pp.501-520.
  • Boissonnade, A., Chokshi, N., Bernreuter, D. and Murphy, A. (1995): Determination of Controlling Earthquakes from Probabilistic Seismic Hazard Analysis for Nuclear Reactor Sites, Transactions of the 13th International Conference on Structural Mechanics in Reactor Technology, Vol.4, pp.1771-776.
  • 防災科学技術研究所(2004):地震動予測地図の工学利用−地震ハザードの共通情報基盤を目指して−<地震動予測地図工学利用検討委員会報告書>,防災科学技術研究所研究資料第258号.
  • 壇 一男・金子美香(2001):地震危険度解析の基礎−断層モデルによる地震動の予測結果を地震危険度解析に組み込むために−,ORI研究報告,01-01,大崎総合研究所.
  • 石川 裕・奥村俊彦(2001):地域の集積リスクを考慮した想定地震の選定方法, 地域安全学会論文集, No.3, pp.199-206.
  • 石川 裕・奥村俊彦・宮腰淳一・能島暢呂・杉戸真太・久世益充(2003):地震動予測マップの活用―その1:ハザード情報の利用―,土木学会地震工学論文集,2003.12.
  • 地震調査委員会長期評価部会・強震動評価部会(2002):確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定)について, 平成14年5月29日.
  • 地震調査委員会長期評価部会・強震動評価部会(2003):確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定−北日本),平成15年3月25日.
  • 地震調査委員会長期評価部会・強震動評価部会(2004):確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定−西日本),平成16年3月25日.
  • 亀田弘行・石川 裕・奥村俊彦・中島正人(1997):確率論的想定地震の概念と応用, 土木学会論文集, 第577号/ I-41, pp.75-87.
  • McGuire, R. K. (1995) : Probabilistic Seismic Hazard Analysis and Design Earthquakes : Closing the Loop, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.85, No.5, pp.1275-1284.
  • 長尾 毅・山田雅行(2002):地震ハザードにおける統計的グリーン関数法適用の試み,第11回日本地震工学シンポジウム論文集,12, pp.59-64.
  • 奥村俊彦(2003):高度な強震動予測手法を用いた確率論的地震ハザード評価の実現に向けて,地震災害軽減のための強震動予測マスターモデルに関する研究,第2回シンポジウム論文集,pp.83-86.

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