2.7 地震動の評価モデル

 全国を対象とした確率論的地震動予測地図を作成する際の評価条件のうち、地震動の評価モデルについて示す。
 地震動強さの評価は、距離減衰式を用いて、マグニチュードなどの震源の特性と震源断層までの距離から評価される地震動強さの中央値と、評価式に含まれるばらつきを考慮することにより行われる。具体的には、まず工学的基盤面での最大速度を評価した後、表層地盤による最大速度の増幅率を乗じることによって地表での最大速度を評価する。計測震度は地表の最大速度から経験的な関係式を用いて変換して評価する。

2.7.1 距離減衰式

(1)工学的基盤における最大速度の距離減衰式

 工学的基盤(S波速度400m/s相当層)での最大速度の距離減衰式は司・翠川 (1999) による式を用いる。司・翠川 (1999) は、断層面からの距離の取り方として、断層最短距離と等価震源距離を用いた2つの式を求めているが、ここでは断層最短距離を用いた式を採用する。

(2.7-1)
: 最大速度 (cm/s) :S波速度600m/s相当の硬質地盤上
: モーメントマグニチュード
: 震源深さ (km)
: 地震のタイプ別係数 :地殻内地震 = 0
 プレート間地震 = -0.02
 プレート内地震 = 0.12
: 断層最短距離 (km)

(2.7-1)式の基準地盤はS波速度600m/s相当の硬質地盤なので、基準地盤(S波速度600m/s相当層)から工学的基盤(S波速度400m/s相当層)までの最大速度の増幅率は、松岡・翠川 (1994) による表層地盤の速度増幅度算定式

(2.7-2)
: 地下30mから地表までの速度増幅度
: 地下30mから地表までの平均S波速度 (m/s)

を用いて算定される速度増幅度の比として評価する。具体的にはその比が1.31 となるので、(2.7-1)式から求められた最大速度 に1.31 を乗じたものを工学的基盤上の最大速度 とする。
 気象庁マグニチュード からモーメントマグニチュード への変換は、陸域の浅い地震とそれ以外の地震とに分けて行う。陸域の浅い地震は、武村 (1990) による地震モーメント と気象庁マグニチュード の関係式 ((2.7-3)式) と、地震モーメント とモーメントマグニチュード の関係式((2.7-4)式)から導かれた(2.7-5)式により変換する。それ以外の地震は、気象庁マグニチュード とモーメントマグニチュード は等しい ( = ) とする。

(2.7-3)
(2.7-4)
(2.7-5)

(2)太平洋プレートの地震等に対する補正

 東北日本で発生する地震に特徴的に見られる距離減衰特性を反映させるために、森川・ほか (2003) の方法に準じた距離減衰式の補正項 を導入する。補正項 は、やや深発地震などで観測される異常震域を表現するためのもの、補正項 は、司・翠川の式を300km以遠まで拡張して適用するためのものであり、それぞれ次式で表される。

(2.7-6)
(2.7-7)

ただし、 は海溝軸から観測点までの距離 (km)、 は震源距離 (km)、 は震源深さ (km) である。また、補正項 は、震源深さ が30kmより深い地震に対してのみ適用される。補正は、司・翠川の式で推定される最大速度の値に、 を乗じて行う。補正項 は、(2.7-6)式より、海溝軸から観測点までの距離 が約250kmの時に1.0となることがわかる。
 なお、森川・他 (2003) では、茨城県沖以北で発生した地震を対象とした検討に基づき補正項が導出されているが、ここでは、茨城県沖以南の太平洋プレートで発生する地震に対しても同じ補正を適用することとする。また、浦河沖の震源断層を予め特定しにくい地震は、太平洋プレート上面よりも浅いところで発生するが、モデルでは断層の中心の深さを35kmとしていること、および1982年浦河沖地震の際の震度3の領域が宮城・岩手の県境付近にまで達していることを勘案して、補正の適用対象とする。以上より、これらの補正を適用する地震は、太平洋プレートの海溝型地震(南関東で発生する 7程度の地震のうち太平洋プレートで発生するものを含む)、太平洋プレートの震源断層を予め特定しにくい地震(プレート間およびプレート内の地震)、および浦河沖の震源断層を予め特定しにくい地震となる。

(3)地表における最大速度の評価

 地表面における最大速度  は、工学的基盤での最大速度値  に対して、別途算定されている工学的基盤から地表までの増幅度を乗じることにより得られる。

(4)地表における計測震度の評価

 地表面における計測震度は、翠川・他 (1999) が示している最大速度と計測震度との関係式 ((2.7-8)式)を用いて計算する。

(2.7-8)
: 計測震度
: 地表面における最大速度 (cm/s)

 上記の最大速度と計測震度との関係式における最大速度は水平動2成分を合成した最大速度である。一方、司・翠川 (1999) の距離減衰式から求められる最大速度は水平2成分のうちの大きい方の値である。このように、厳密な意味では両者の定義が異なるが、本検討では両者の結論に大きな相違はないと考える。

(5)距離減衰式のばらつき

 これまでに作成された試作版(地震調査委員会長期評価部会・強震動評価部会(2003)、地震調査委員会長期評価部会・強震動評価部会(2004))では、距離減衰式のばらつきとして、司・翠川 (1999) に記載の値(常用対数標準偏差で0.23、自然対数標準偏差で0.53)を用いていた。全国を概観した確率論的地震動予測地図の作成にあたり、ばらつきについて検討を行い、以下のように取り扱うこととした。なお、検討の具体的な内容については、5章に示す。

  1. 無限大の地震動強さを容認している現状の改善方法
     工学的基盤における最大速度のばらつきの分布形状は現状どおり対数正規分布を仮定するが、分布の裾においては、対数標準偏差の3倍より外側を打ち切る。
  1. ばらつきの分類
     ばらつきの大きさの設定にあたっては、ばらつきの種類を本質的にランダムなものとして取り扱うべきもの(偶然的不確定性)と、知識やデータ不足によるもの(認識論的不確定性)とに分離した上で、ハザードカーブの計算では偶然的不確定性に相当するもののみを考慮することとする。
     具体的な取扱いとして、従来用いていたばらつきの値の中には地点が異なることに起因するばらつきが含まれていると考えられることから、それに該当するばらつきを除去することとし、奥村・ほか (2004) を参考に、速度振幅が大きくないところでの工学的基盤におけるばらつきの値を常用対数標準偏差で0.2(自然対数標準偏差で0.46)とする。
  1. ばらつきの振幅依存性
     翠川・大竹 (2003) に基づき、せん断波速度が600m/s程度の工学的基盤における最大速度振幅が25cm/s以上の範囲においてばらつきの振幅依存性を考慮することとし、最大速度振幅に応じて図2.7-1の値をとるものとする。

 以上の取扱いは、この分野における今後の研究の方向を示す上でも、新たな知見を積極的に取り入れることが重要との判断の上で行ったものであるが、必ずしも十分なデータに基づいたものではない。この意味で、暫定的な取扱いであり、今後、より詳細な検討が必要である。

2.7.2 表層地盤増幅率の評価

(1)基本的な考え方

 地震動評価における表層地盤の増幅率評価については、簡易的に地盤の増幅度を全国同水準に求めることを前提に考えることとする。
 松岡・翠川 (1994) は、地盤情報を含むデータが日本全国1kmメッシュでデータベース化されている国土数値情報を用いる方法を提案している。しかし、松岡・翠川 (1994) では、経験的に地盤の平均S波速度を求める際に関東のデータに基づいており、全国的に用いるには問題があった。
 藤本・翠川 (2003) は、全国のPS検層データから地盤の平均S波速度を求めるように提案した。
 ところで、これまでに検討した確率論的地震動予測地図に用いた表層地盤増幅率の評価は、研究資料236号(地域限定)と246号(北日本地域)では松岡・翠川 (1994) の方法、257号(西日本地域)では藤本・翠川 (2003) の方法を用いており、評価手法が対象地域によって異なっている。
そこで、今回全国を対象とした表層地盤の増幅率評価を行うのに際しては、これまで未評価となっていた地域のデータを整備するとともに、これまで評価した地域も含め、全国のデータを再チェックした上で、藤本・翠川 (2003) の方法を用いて地盤の増幅度の評価を行った。

(2)増幅率評価に用いる国土数値情報および地質図

 地盤を一律に細かく評価した資料として、国土数値情報(国土交通省国土地理院)や100万分の1地質図(独立行政法人産業技術総合研究所地質調査総合センター)などがある。前者については微地形分類、海岸線、主要河川、標高のデータ、後者については表層地質分布から地質年代のデータを使用する事ができる。このうち、地形分類のデータは、全国を約1kmのメッシュに分けて、メッシュごとに評価されている。しかし、これは県を単位とした分析であり、県によって評価の精度が違ったり、表現が異なったりしており、全国的には統一的でない部分もある。また、これらのデータは主に昭和40年代に作成されたためにその後に埋め立てられたり、造成されたりした地域のデータは含まれていない。以上の点を踏まえ、対象地域の地形分類データについて統一的に見直す作業を行った。
 表2.7-1に国土数値情報による地形分類および表層地質分類と、藤本・翠川 (2003) による微地形区分との関係を示す。ここでは表2.7-1の対応関係を基本として、藤本・翠川 (2003) の微地形区分を行うこととした。なお、以下の2点について、新たに考慮することとした。

  1. 微地形区分の「他の地形(沖積・洪積)」の見直し
     国土数値情報を用いた微地形区分の中にある「他の地形(沖積・洪積)」という分類は、その大半が第四紀に噴火した火山の地形であるが、既往の地質図と比較すると第三紀以前の岩盤が露出している地域が混在している箇所が多く見られた。そこで、「他の地形(沖積・洪積)」に分類される地域の地質図と照らし合わせて、再分類を行った。
  1. 微地形区分がなされていないメッシュの再評価
     国土数値情報では、湖や海沿いにおいて1kmメッシュの大半が水面部である場合は対象から除外している。このため、メッシュ内に陸がわずかに存在する場合でも、微地形区分が抜けている場合がある。そこで、データが抜けている湖および海沿いのメッシュに対して微地形ないしは地質を追加する作業を行った。

(3)表層地盤の増幅の評価

 表層地盤の増幅の評価については、前項で示した地震動評価のための微地形区分ごとに平均S波速度を設定し、その平均S波速度から増幅度を算定する方法を採用した。今回採用した藤本・翠川 (2003) の方法について、松岡・翠川 (1994)から変更された点は以下の2つである

  1. 全国における同一地形分類での地盤の平均S波速度 ( ) は、東北日本・中央日本・西南日本の3地域に分類できる。(図2.7-2参照)
  2. 新第三紀以前と一つにしていた地形分類は、新第三紀と古第三紀以前の2つに分類できる。

 松岡・翠川 (1994) によって示された(2.7-9)式 の関係を用いて、今回新たに区分された(東北日本・中央日本・西南日本)の微地形区分ごとの平均S波速度を算定した。図2.7-3に微地形区分ごとの標高または主要河川からの距離と平均S波速度の関係を示す。

(2.7-9)
: 地表から地下30mまでの推定平均S波速度 (m/s)
: 係数(表2.7-2参照)
: 標高 (m)
: 主要河川からの距離 (km)

 また、それぞれの微地形区分における標高のデータに係る係数 と主要河川からの最短距離に係わる係数 は、それぞれの実測値データを元に決定した値なので、表2.7-3および表2.7-4に示す有効な範囲を設定した。

 松岡・翠川 (1994) は、第三紀ないしそれ以前の丘陵地( が600m/s程度)を基準とした表層地盤の速度増幅度について、(2.7-10)式 を用いて算定することを提案している。

(2.7-10)
: 地表から地下30mまでの推定平均S波速度 (m/s)
: 地表から地下30mまでの速度増幅度

 なお、標高値や主要河川からの距離によっては平均S波速度が100m/s未満となる場合が生じるが、ここでは、平均S波速度が100 m/s未満となった場合には、平均S波速度100 m/sの速度増幅度で評価するものとした。
 また、(2.7-10)式は、平均S波速度が600m/sを基準(増幅度=1.0)としている。今回の予測地図作成に当たっての基盤の評価は、工学的基盤(S波速度400m/s相当)で行うことを想定しているため、上記増幅度をS波速度400m/sの地盤上に適用する場合には、1.31で割った増幅度を用いることにした。
 以上までに述べた方法で、国土数値情報を用いた微地形区分と工学的基盤以浅の速度増幅度の分布をそれぞれ図2.7-4図2.7-5に示す。

2.7の参考文献

  • 藤本一雄・翠川三郎(2003):日本全国を対象とした国土数値情報に基づく地盤の平均S波速度分布の推定、日本地震工学界論文集 第3巻、第3号
  • 地震調査委員会長期評価部会・強震動評価部会(2003):確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定−北日本),平成15年3月25日.
  • 地震調査委員会長期評価部会・強震動評価部会(2004):確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定−西日本),平成16年3月25日.
  • 国土庁計画調整局・国土地理院(1987):「国土数値情報」、国土情報シリーズ2、大蔵省印刷局
  • 松岡昌志・翠川三郎(1993):「国土数値情報を利用した地盤の平均S波速度の推定」、日本建築学会構造系論文報告集、第443号、pp.65-71
  • 松岡昌志・翠川三郎(1993):国土数値情報を利用した広域震度分布予測、日本建築学会構造系論文報告集、第447号、pp.51-56
  • 松岡昌志・翠川三郎(1994):国土数値情報とサイスミックマイクロゾーニング,日本建築学会第22回地盤震動シンポジウム, pp.23-34.
  • Matsuoka, M. and S. Midorikawa (1994):GIS-BASED SEISMIC HAZARD MAPPING USING THE DIGITAL LAND INFORMATION、第9回日本地震工学シンポジウム、1994
  • 翠川三郎・藤本一雄・村松郁栄 (1999):計測震度と旧気象庁震度および地震動強さの指標との関係, 地域安全学会論文集, Vol.1, pp.51-56.
  • 翠川三郎・大竹雄(2003):地震動強さの距離減衰式にみられるバラツキに関する基礎的分析, 日本地震工学会論文集, 第3巻, 第1号, pp.59-70.
  • 森川信行・神野達夫・成田章・藤原広行・福島美光(2003):東北日本の異常震域に対応するための距離減衰式の補正係数, 日本地震工学会論文集, 第3巻, 第4号, pp.13-26.
  • 奥村俊彦・渡辺基史・藤原広行(2004):2003年十勝沖地震の本震・余震記録に基づく最大速度のばらつきの検討, 日本地震学会講演予稿集, 2004年度秋季大会, B26.
  • 司宏俊・翠川三郎(1999):断層タイプ及び地盤条件を考慮した最大加速度・最大速度の距離減衰式, 日本建築学会構造系論文報告集, 第523号, pp.63-70.
  • 武村雅之(1990):日本列島およびその周辺地域に起こる浅発地震のマグニチュードと地震モーメントの関係, 地震, 第2輯, 第43巻, pp.257-265.

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